第42話 答えを聞かせて
セラフィーナは一人馬車に揺られていた。あれから準備を整え今は豊漁祭の最後に歌を捧げるための会場へと向かっている最中だった。
この国とももうすぐお別れ。そう思うと考え深い気持ちになる。ここ数日アンジュとして過ごしていた時は、まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったのに。
今は窓ガラスに淡い水色のドレスを来た自分がはっきりと映っていた。
なんだか長い夢を見ていたような気になる。自分が半透明になっていた三日間すべて。
物思いに耽っていると、馬車が止まりドアが外側から開かれた。
「セラフィーナ様、お時間です。準備はよろしいですか?」
「アレッシュ!?」
涼しい顔をしたアレッシュが、いつも通りまるであの地下室での出来事はなかったかのようにそこに立っている。
オルゴールの音色で眠ったきり、一度様子を見に行った時にはまだ眠っていた。
だからセラフィーナは寝顔にお別れを告げ、あれが最後だと思っていたのに。
「国民たちがお待ちですよ。復活した歌姫の登場を」
「アレッシュ……目が覚めたのね」
「ほら、早くしてください」
「待って、そんななにもなかったみたいに」
「なにもなかった。我々は悪い夢を見ていただけ……わたくしはそう思っていたいです」
アレッシュの切なさが含まれた声音になにも返せない。
(私は、貴方にも自由になってほしいのよ)
思ったけれど言葉にはしなかった。この先、自分がどう生きるか決めるのは彼だから。
「わたくしの罪を隠してくださり、ありがとうございました」
「アレッシュ……」
それはローズが行方不明になっていた経緯を隠し、二人を庇った事を言っているのだろう。
アレッシュに急かされたので持ってきていたオルゴール片手に馬車を降りる。
「そのオルゴールは……」
「私のお守りよ」
セラフィーナがそう言うと、アレッシュはそれ以上なにも聞いてこなかった。
警備の人間たちに整備された人垣の間に出来ている道を歩かされ灯台まで辿り着く。
道を歩いている最中も温かな拍手や喝采を浴び歌姫としての笑顔を振りまき灯台の中へと入った。
灯台の見晴台へと続く階段の前には、スラリと背の高い中性的な美しさを持った王子様が立っていた。
けれど童話の世界から出てきたように美しいその王子様が、本当は兄の身代わりにされたお姫様だということをセラフィーナは知っている。
(ローズ……答えは決まったかしら)
「……なにをしている。早く行くぞ」
低い声でそっけなく告げると、ローズは普段通りアーロンを演じ階段を上りだした。
ランプで足元を照らして歩くアレッシュを先頭に、ローズ、セラフィーナが後に続く。
本当に元通りだ。セラフィーナが身体を失っていた数日間は、やはり夢だったのではないかと自分の記憶を疑ってしまうぐらいに。
このまま何事もなかったように……それがこの二人の願いなのだろうか。
(でも……もう今まで通りにはいかないわ)
今までの関係は、お互いが本音を隠しあい我慢して成り立っていたようなものだと思うから。
そんな関係を続けて、この三人のうち誰か一人でも心から幸せだと思えている人はいるだろうか。これから先の人生を、胸を張って幸せだと言える者はいるのだろうか。
少なくともセラフィーナには無理だ。これから一生性別を偽り続けなければいけないローズも恐らく。
そしてセラフィーナがこの国に利用され続けている限り、アレッシュもまた自分の無力さを嘆き苦しみ続けるのだろう。
きっといつかまた、歯車が狂いだす。
間もなく、三人は灯台の見晴台まで着いた。
扉を開いたアレッシュは、先にローズとセラフィーナが外へ出るように誘導する。
当然のようにローズは外へ出て、セラフィーナの手を取りエスコートした。
国民に見せ付けるように。
歓声に沸く地上には、歌姫と未来の国王を見ようと沢山の国民で埋め尽くされていた。
ローズは完璧な愛想笑いで、地上へ手を振る。
普段ならセラフィーナもそれに習い、ローズに寄り添い笑顔を振り撒いてみせるのだが。
「セラフィーナ様?」
いつもと様子の違うセラフィーナを見て端に控えていたアレッシュが声を掛ける。
「あまり無愛想な顔をするな。国民に不審がられる」
「そうですよ。いつも通り、良いフィアンセを演じてください」
アレッシュはセラフィーナの様子を気がかりに思いつつ国王を呼びにいったん見晴台から出て行った。
二人きりになった見晴台で、セラフィーナは真っ直ぐにローズの目を見た。
「ローズ、答えは決まった?」
「なっ、今ここで答えさせる気なのか!?」
「そうよ……ここが、私にとって最後の舞台だから」
「セラフィーナ……?」
静かに、けれど意志の強い瞳をして微笑むセラフィーナを、ローズはまだ迷子みたいな目で見返した。
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