第41話 下剋上の相談
「なにをバカな事を言っているんだ」
「私は貴女が女王陛下になればいいなと思っているの」
セラフィーナの提案を聞きローズは訝しげな顔をしている。
「あの人が健在のうちに失脚させるなど、夢物語もいいところだ」
「でも動かないとなにも変わらないわ……このままあの人の言いなりになる人生なんて。ローズは、それでいいの?」
セラフィーナの問いかけに彼女は気まずそうに口を噤む。だが。
「……何事もなかったことにしてしまえばいい。今回のことで分かった、私たちは夢をみちゃいけないんだ」
セラフィーナも一度はそう思った。でも、それは本心じゃなくってただのやせ我慢だ。
「そんなことない。夢は叶えるためにあるって言うじゃない」
「なにその前向き発言。暑苦しい」
彼女の冷たく突き放すような眼差し……たった数日記憶を無くしていただけなのに、なんだか懐かしい。
「そういう表情も美人ね、ローズ」
「黙れ、嬉しくない!」
「……そうよね。ローズが褒められたいのは、アレッシュだけだものね」
「はぁ!?」
今思い出せば、彼女はいつもアレッシュが一言声を掛けただけで穏やかに微笑むのだ。
「ねえ……貴女が想っているのはアレッシュでしょう? なぜ、今回の騒動に手を貸したの?」
協力したならアレッシュはセラフィーナを連れてこの国を出てゆく。ローズとは離れ離れになると分かっていたのに。
ローズはというと、セラフィーナが自分の気持ちに気付いているとは思っていなかったのか、頬を赤らめたまま眉を顰める。けれどすぐに白状した。自暴自棄のように、投げやりに。
「それだけが、彼が私の一部でも愛してくれる方法だったから」
そう呟き彼女はセラフィーナを睨み付けた。
「知っていたよ、アレッシュがずっとお前を愛していたことぐらい。こんな、男みたいな見てくれで生き続けなければいけない私に、勝ち目などないことぐらい……」
憎々しそうに顔を歪めるローズを見ていると、セラフィーナの胸の奥にまで重たく暗い感情が湧き上がってくる気がした。
「最初は儀式を失敗させてお前だけ消すつもりだった。けれど私の魂は強制的にお前の身体に入ってしまったの」
「そう……」
地下室で彼女の身体に触れて伝わってきた暗く激しい感情。あんなものをこの子はずっと抱えて、涼しい顔をしていなければいけなかったのかと思うと、彼女にされたことを一方的に責める気持ちにはなれなかった。
「アレッシュはすぐに私がセラフィーナじゃないと分かったけれど、まさか私の手でお前を葬ったとは気付いていなかったから。憔悴する彼の傍にいれば、彼の味方でいれば、そのうち私を見てくれるようになるかもって」
そう思っていたのに。亡霊のような状態でセラフィーナが戻ってきて、アレッシュは儀式をやり戻す準備を始めたのだという。
「どんなに頑張っても私は彼にとってお前の代わりにはなれないんだって悟ったわ。それなら……アレッシュは中身はお前の魂といえ一生私の身体を愛しローズと呼ぶ女に愛を囁き続ける。それだけで、十分だと思う事にしたんだ。ふふっ、哀れでしょ?」
「……哀れとは思わない。貴女の気持ち、今の私には少しだけ分かるもの」
十分だといくら言葉にして言い聞かせても、それは結局、我慢でしかないということも。
「そうね……セラフィーナの身体を手に入れてから、あの薬師との仲をお前に見せ付けることで少し復讐できていい気分だった」
にやりと意地悪な笑みを向けられ、セラフィーナは怒りというより呆れて半眼になってしまった。
「貴女がとっても私を嫌いなことはわかったけれど、このままだと私たち夫婦になってしまうのよ。本当に貴女は、そんなふざけた未来を受け入れる覚悟が出来ているの?」
「……お前こそ、父の子を身篭る覚悟がないくせに」
「そうよ」
いくら仮面夫婦を装っても女同士では子が作れない。けれどセラフィーナはこの国の王家の子を産むために買われた娘だ。その血は濃ければ濃いほどいい。
結果、アーロンのいない今、セラフィーナは親子ほど歳の離れた愛もない男の子供を産まされることになる。このままいけば近い未来。
「愛してもいない、愛されてもいない男の子供を産む気はないわ。そのうえ、産まれた子供は政の道具にさせられる……そんなの私は耐え切れない」
「ならば、暗殺でもしてみるか」
実の父親に対してなんという物言いだと思ったが、ローズのことだ。恐らく本気なのだろう。恐らくは自分がセラフィーナとして生きるならば、手籠めにされる前にそうすることまで計算していたはずだ。けれど。
「私は、もう誰の命も奪いたくないわ。たとえ綺麗ごとだと言われても」
「なんだ、下剋上を言い出したのはお前だろ。暗殺以外になにができるのよ」
「できるわ。貴女が女王陛下としてこの国を守る覚悟次第で。私は、貴女なら出来るって信じてる」
まだ若い彼女を認めてはくれない者もいるだろう。けれどローズは女王としての器を持っている。彼女に帝王学等を教えた家庭教師たちが皆賞賛するぐらいだ。
権力に溺れ、争いを望んでいない国にまで兵を送って嗾けるような王よりずっと彼女は平和的な方法でこの国を導ける人だとセラフィーナは思う。
「信じるなんて、よく言えるわね。私になにをされたかもう忘れたの?」
「忘れてないわ」
レイヴィンとイチャイチャしている時は、なんて恨めしいと思ったことか……
「でも……貴女が私以外には思いやりがあって優しいお姫様だったこと、私は知っているもの」
誰よりも一番近くで見てきたつもりだ。この人なら、きっと良い王になるはずだと、だからアレッシュと共に支えようと思ったのは贔屓目じゃない。
「ねえ、ローズ」
彼女はまだ迷いがあるのか苦しそうな顔をしたまま言葉を詰まらせていた。
コンコン
部屋のドアがノックされる音がする。
返事をするとばあやが顔を出し、そろそろ豊漁祭へ出向く準備をしなければ時間がないとのことだった。
突然言われてローズも混乱しているだろうから、この場で決断を迫るのはやめることにした。
「……また後で貴女の返事を聞くから、それまでに決めておいて」
「なっ、待って! 勝手な事を言わないで!」
引き止めようとしたローズの声には振り返らずセラフィーナは部屋を後にしたのだった。
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