第40話 秘密の提案
ある日、セラフィーナという娘が王室にやってきた。なんの身分も持たない金で買われた娘のくせに、彼女はそれはそれは城の者たちに丁重に扱われる存在だった。
(なぜなの? またあの子ばっかり)
ローズはそれが面白くなくて仕方なかった。
娘である自分になんの関心も示してくれなかった父も、セラフィーナに執着している。
いつも優しく妹を大切にしてくれる兄の態度は変わらなかったけれど、それでも兄の一番大切な存在は自分ではなくなったのだと察した。
やがて兄が亡くなりローズは女として生きる事を奪われた。セラフィーナの婚約者がいなくなっては困るからという国王の一言で。彼女の存在のせいで。
それからは次期国王として帝王学や剣術、社交界で女性をエスコートするマナーまで叩き込まれるようになった。
それなのに……可愛い格好も女性らしい振る舞いも禁じられた自分の隣で、いつも彼女はそれらを与えられている。憎い。
セラフィーナは二人きりの時、そんなローズを同性の女の子として扱ってくる。同情されている気分になり癪に障る。他に自分を女性として扱ってくれるのはアレッシュだけだった。
(けれど……彼が熱い眼差しで見つめるのはあの子だもの)
自分の欲しいものは全部全部、セラフィーナが持っている。そしてこちらの気も知らないで彼女は笑い掛けてくるのだ。
「貴女は私とアレッシュが支えるわ」
お前なんか消えてしまえばいい。邪魔だ。アレッシュだけいてくれればいい。何度もそう思った。
「私たち、ずーっと親友よ」
能天気な笑顔が大嫌いだった。
けれどさすがに今回のことでセラフィーナも嫌気がさしただろう。もう二度と彼女が自分にあの笑顔を向けてくることはない。
(清々するわ)
今頃、あの子は親友に裏切られたとアノどこかの馬の骨の腕の中で泣いているだろうか。
そう思っていたのに……
「うっ……」
「あ、ローズ! 目が覚めたのね」
目覚めて最初に飛び込んできたのは、枕元でいつも通り微笑む彼女の姿だった。
(最悪……)
◆◆◆◆◆
「気分はどう?」
「最悪よ」
起き上がろうとするローズの背に手を当てると迷惑そうに払われた。
「どういう風に? 頭痛がするの? 気持ち悪いの?」
「そういう意味の最悪じゃない」
セラフィーナが顔を覗き込むとローズはますます眉を顰める。
「なんなの、一体。貴女どうして……」
そこでローズはハッとした表情を浮かべ辺りを見渡した。ここはローズが使っているアーロンとしての部屋だ。
いつの間にか地下室から運ばれアレッシュの姿もないことに不安を覚えているのだろう。
「大丈夫よ。アレッシュも自室で休んでいるけれど、もうじき目が覚めると思うわ」
その言葉に少しだけほっと息を吐いてから、彼女は再びセラフィーナを睨んだ。
「それで、彼が目覚めたら私たちを告発でもする気?」
「そんなことしないわ。いい、ローズ。貴女はねどこかの国の悪い魔術師に突然襲われて地下室に閉じ込められていたの。それをアレッシュと私で助け出した……っていう筋書きよ」
「は?」
ローズは意味が分からないといった表情を浮かべたので、セラフィーナはもう一度あの後なにが起きたのかを説明した。
禁術発動に気付いた王宮魔術師たちが地下室にやってきたので、今の筋書を説明して難を逃れたのだと。
「ただね、ローズが女性の服装だったから。貴女をここまで運んでくれた人たちはちょっぴり戸惑っていたみたい」
「なっ」
ローズはその言葉に青ざめる。今は彼女の性別を知っている数少ないお付きのばあやによって男物の寝着に着替えさせられていたが……。
「あの姿を見られるなんて」
ローズは額に手を当て項垂れる。
セラフィーナはなんで女性の格好をしていたのか、と野暮な事は聞かなかった。
アレッシュとローズとセラフィーナ、三人で過ごす時なんかは、たまに女性の姿に戻ってもらえるよう彼女に洋服を用意して贈っていたのはセラフィーナだったし、それに。
(きっと、アレッシュと二人きりで会う時は、元の姿に戻りたかったのよね)
少し前の自分だったら疎くて気付いていなかったかもしれない。けれど今のセラフィーナには彼女の女性としての気持ちがなんとなく分かった。
「こんなこと、あの人に知れたらっ」
噂をすればなんとやらというやつか、ローズが呟いたその瞬間にノックもなしに部屋に入ってきたのはジョザイア王だった。
「馬鹿者が!! お前が女の姿で発見されたと一部の者の間で噂になっておるぞ!!」
行方不明だった娘への第一声がこれとは、なんともこの人らしいとセラフィーナは呆れる。
それだけじゃない。ずかずかとベッドまで来たかと思えば手を振り上げ打とうとしてくる。
「おやめください陛下!」
ローズを庇うように立ち上がりピシャリとそう言ったセラフィーナに向って「我に逆らうな!」と国王は怒鳴り声をあげてきたが。
「もうすぐ式典の時間です。国民の前に出るというのにローズの顔に痣でもできたらどうなさるのです」
その言葉を聞くと忌々しそうにしながらも、ジョザイア王は拳を下ろす。
「私たちにも準備がありますので、出て行ってもらえますか」
「……覚えておれよ。豊漁祭が終わった後に、貴様らには罰を与える」
国王は「ふんっ」と鼻を鳴らすと無言で部屋を出て行った。最後まで、行方不明だった娘に対する気遣いの一言もないまま。
「バカね。私なんて庇うから、貴女まで罰を受けるはめになってるじゃない」
「大丈夫よ。罰を受けてもらうのはあの人のほうだもの」
「なにを言ってるの。あの人に逆らえる者なんているわけないじゃない」
「いるわ、ローズ」
「は?」
「私は、あの人を失脚させようと思っているのだけど、どう?」
「…………」
にっこりと笑ったセラフィーナの言葉にローズは一瞬固まりぽかんとした後。
「……はぁっ!?」
素っ頓狂な声を上げた。
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