第39話 鳥籠の中の歌姫④
それから数日後、セラフィーナは兵士だけが集められた広場で歌うため、用意されたテントに一人で控えていた。
「セラフィーナ様、少々よろしいでしょうか」
「……ダンティスさん?」
テントの外から聞こえた声に返事をして顔を出すと、そこにいたのは予想通りアレッシュではなくダンティスの姿だった。鎧を付けた姿はいつも以上に勇ましい。
「なぜ、ここへ?」
中へ入るよう言うと彼は遠慮がちに会釈をしながらテントの中へ入ってきた。
「……本日、歌う覚悟はできましたか?」
そう問われ上手く言葉が出てこなかった。歌わなければならないし、歌うだろう。
けれど心の中は迷いと葛藤だらけなのに、覚悟ができているとは言えない。
黙っているセラフィーナを見てどう思ったのかは分からなかったが、暫し二人の間に沈黙が流れるとダンティンは覚悟を決めたように口を開いた。そして……
「姫、そんなに苦しまないでください」
彼はセラフィーナに跪いて……そっと手の甲に口付けた。
「失礼をお許しください」
「いえ……」
驚くセラフィーナにダンティスは言う。
「今、自分は貴女に魔法を掛けました」
「魔法?」
慣れない事をして羞恥心を感じているのか、僅かに顔を赤らめながらも彼は続けた。
「ええ……貴女から、声を奪う魔法です」
「え?」
良く分からなくて首を傾げる。だって声なら普通に出せる。でも。
「声を失った貴女は、もう歌姫じゃない。声が出せないのだから、歌えなくても仕方ない。今日もこれからもずっと」
「っ!」
そこでようやく理解する。もう人を狂わせたくない。その願いを叶える方法を、彼はくれたのだ。
「この魔法は解けません。貴女が望むまでは永遠に」
セラフィーナは大きく頷いて答えた。
(ありがとう)
声は出さず、口の動きだけでそう答えるとダスティンは優しく微笑んだ。
「歌の力など頼らなくても、我々は国に勝利を持って帰ります。そして証明してみせる。我々の実力を」
セラフィーナは何度も頷いた。ダンティスの表情もなにか吹っ切れたように晴れやかだった。
「いってきます」
そう言ってお辞儀をすると、ダンティスは戦場へと旅立ってゆく。
(いってらっしゃい。どうかご無事で)
セラフィーナはそう祈りながら彼の背中を見送った。
その後、打ち合わせのため席を外していたアレッシュが戻ってきたが、声が出なくなったと文字を書いて伝える。慌てて心配するアレッシュに少し罪悪感を覚えたけれど、彼を巻き込まないためにも黙っていようと決めた。
ダンティスたちの部隊は歌姫の歌がないまま出発し、セラフィーナは色んな医者の検査を受けたが皆原因が分からず精神的なモノではないかということになった。
ダスティンが戦場で命を落とした。その知らせがセラフィーナの耳に届いたのは、それから数か月後のことだった。
長期戦になったが彼の部隊は勝利を収め、けれど彼が戻って来ることはなかった。
歌の力がなかったせいか、かなり苦戦をしいられたらしい。
(あの時、私が歌っていれば違う結果が出ていたのかしら……)
そんなこと考えてもキリがない。分かっているけれど。
強面でけれど優しい目をした人。自分に声の出ない魔法を掛けてくれた人。思いだすたび何度も夜に一人で泣いた。声を殺して。
歌というドーピングがないことによる戦力不足が原因かは分からないけれど、セラフィーナが歌わなくなり、負け戦も増えたと聞く。
そのためジョザイア王は顔を会わせるたびに早く声を取り戻せと怒鳴り散らしてくる。
「役立たずめが! まだ声は治らぬか!!」
「…………」
「ああ、我が国の兵士どもはなんて使えない! 歌がなければ勝てぬふぬけばかりだ!!」
目先の利益や自分の自尊心を満たすことしか考えていないのが見え見えだった。こんな男、国王の器じゃない。
セラフィーナは返事をすることなく、ただ心の中で誓った。
もうこの人の言いなりになったりはしないと。
(この人の配下から逃れるには、国を出るしか……)
この国にいては、またいずれ歌妖の一族としての力を争いの道具にされてしまう。
だが城の中で飼われていた無知な自分が外の世界で一人生きてくことなどできるのだろうか。調べようにもそういった情報はセラフィーナの耳に入らぬよう遮断されるだろう。
勢いだけではだめだ。まずは外の世界に協力者を探さなくては……
◆◆◆◆◆
国から離れる事を思い始めたあの日から、また月日は過ぎた。
この国にいる限り王の権力が及ばない協力者を探すのは難しかった。
しかし、その日は突然訪れる。声を取り戻すための静養で連れてこられた別荘近くでレイヴィンと出逢ったのだ。
自分の願いを叶えてやると言ってくれる人と。
一度はここから逃げる事に失敗してしまったけれど……今度こそ迷わない。
レイヴィンから預けられたオルゴールの中に隠されていた手紙を読みながら、セラフィーナは再び覚悟を決めていた。
それはアーロンが残してくれた手紙だった。
『ボクを兄のようにではなく男として見てほしい。キミを愛しているんだ。だから、結婚しよう……大人になったキミにそうプロポーズするのが夢だった。ボクの気持ち今度こそ伝わったかな。この贈り物をどうするかはキミの自由だ。キミの幸せをいつだって願っているよ。たとえ、キミがどこへ行っても。誰といても』
添えられていた手紙を読んだら涙で視界がぼやけた。
この手紙を書いている頃、もうアーロンは病にかかり自分に未来がないことを悟っていたのだろう。
それでもセラフィーナの幸せを願い残しておいてくれたのだ。この手紙と共に……実の父親である国王や彼と癒着している大臣たちの不正の一部始終とその証拠を添えて。
「アーロン……ありがとう」
今なら分かる。あの時の言葉。家族になろうと差し伸べてくれた手の意味も。
セラフィーナはしばらくその手紙を抱きしめた後、涙を拭って顔を上げた。
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