第38話 鳥籠の中の歌姫③
歌の力を知った日から数か月。それでもセラフィーナは歌い続けた。
兵士たちの活躍を耳にするたび罪悪感に押しつぶされそうになったけれど、これは国家秘密。誰にも相談できぬまま、セラフィーナは徐々に憔悴していた。
「はぁ……」
そして今日、また数日後に戦場へ赴く兵士たちの壮行会に呼ばれていたが、溜息が零れる。
会場は無礼講の盛り上がりを見せており、皆今回もセラフィーナの歌があれば圧勝だと口を揃えて言った。歌姫の歌は、自分たちにとってお守りのようなものなのだと。
今日歌う事はないけれど、数日後に彼らを送り出す際、自分はまた……。
「はぁ……」
「それ、何回目ですか?」
「え?」
上官たちに挨拶を済ませると、隅っこの方でチビチビとドリンクを飲んでいたセラフィーナは、付き添いのアレッシュに顔を覗き込まれる。
「溜息の数ですよ」
「溜息なんて吐いていたかしら」
「まったく……顔色が優れませんね。本日はもう帰らせてもらいましょう」
アレッシュの優しさに素直に頷くと、彼は馬車を用意してくるので待っていてくださいとその場を離れて行った。
明るく笑い合う兵士たちの姿をぼんやり眺める。この人たちを殺人兵器に追いやる歌をまた歌わなければならない。そんな思考に苛まれそうになりブンブンと頭を振る。
「セラフィーナ様、お久しぶりです」
声を掛けられ顔を上げるとそこにはあの夜以来会っていなかったダスティンがいた。
相変わらず、強面で厳つい容姿だったが優しい目をしているから怖くない。彼はそんな印象を与える青年だった。
「本日は自分たちの部隊の壮行会に顔を出していただきありがとうございます。おかげで一層士気が高まりました」
普段通りに彼は笑っていた。数日後、狂気の歌を聞かされる事実をこの人だけは知ってしまったはずなのに……。
「貴方の部隊だったのね……」
セラフィーナは少しの動揺を見せないように努めた。
あれからなるべく兵士たちとは距離を取り、情を移さないようにしている。じゃないと余計に辛くなるから。
「……少しお痩せになりました?」
「え?」
「あっ、失礼! すみません。女性にそのようなこと、失礼ですね! すみません!!」
初めて会った時と同じ強面の大男がオロオロする姿に、セラフィーナは少しだけクスリと笑った。
「心配してくれて、ありがとう。私は、大丈夫よ」
笑って見せたのに、なぜかダスティンは悲しそうに眉を顰める。
「すみません……自分が余計な事を吹き込んでしまったから。貴女は歌う事が苦痛になったのではありませんか」
セラフィーナは首を横に振った。弱音なんて吐けない。だって。
「辛いのは私じゃない、貴方たちの方だわ。ダスティンさんは怖くないの? 私の歌がどんなものか知ってしまったのに」
「いえ……正直、納得のいかない部分はあります。あれは非人道的なやり方だと、上官にもそう抗議しましたが、この事は口外するなと釘を刺され後は相手にもされませんでした。己の無力さを悔やむばかりです」
もしかしたら彼も脅されたのかもしれない。セラフィーナのように大切な人を人質に取るような言葉で。
「でも……」
しかし彼は悲壮感を漂わせることなく、真っ直ぐにセラフィーナの目を見て言った。
「戦場へ立つのは自分の意思で選んだことなのです。無暗に領土を増やす事にあの力を使われるのは戸惑いもありますが……この国を守るためになら、捨て駒としてでも役に立つ覚悟はできています」
「ダスティンさん……」
「少なくとも、自分は……だから、姫。我々に勝利の歌をください」
セラフィーナはなんて答えたらいいのか分からなかった。
こんなにまっすぐでまじめで、国の事を思ってくれている人を狂気化させて戦場に立たせる意味はあるのだろうか。そんな力に頼らなくても、彼らならきっと国を守ってくれる。そう思うのに。
「正直、最初は自分たちの力を信じて貰えなかったような気分がして、悔しかったのですが。国を守るために勝率を上げる手があるなら、どんな手でも使うのがきっと正しい選択なのです」
正しい? 本当に? これは正しい選択なの?
たとえそうだとしても、セラフィーナは自分のしていることに胸を張ることはできなかった。胸が苦しくて息が詰まる。
「私は、もう……誰も狂わせたくないわ……」
思わず弱音を零してしまった。
本当は、自分のせいで誰かが狂って死んでゆくんじゃないかと思うと、怖くて夜も眠れない。最近見る夢はいつも、戦場の地獄絵図だ。
「セラフィーナ様……」
ダンティスがなにか言い掛けたその時。
「いかがされましたか、セラフィーナ様」
怪訝な顔をしたアレッシュがこちらに戻ってきた。どうやら馬車の手配が出来たようだ。
アレッシュに目を付けられたらダンティスに迷惑を掛けてしまうかもしれない。アレッシュが自分に対して過保護すぎることをセラフィーナは知っているから。
「なんでもないの。ちょっぴりお話し相手になってもらっていただけよ」
そういっていつもの笑みを浮かべると。
「ありがとう、下士官さん」
それだけ言って、セラフィーナは会場を後にした。
ダスティンはなにか言いたそうにしていたけれど、引き止めてくることはなかった。
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