第37話 鳥籠の中の歌姫②

「貴様は、なにを言っているのだ!」

 人払いをした謁見の間にて国王の怒声が響き渡る。


 歌の件で話を聞こうと思ったものの多忙な王と謁見できる機会など中々ない。なので話があると伝えただけではいつになるかもわからないと思ったセラフィーナは、最初から本題をぶつけた。

 もう人前で歌うつもりはありません。そう国王ジョザイアに伝えるよう側近に言うと次の日の夜にはその機会がやってきたのだ。


「歌う事をやめたいと申しているのです」

 すぐに怒鳴るし権力でねじ伏せようとしてくる。そんなジョザイア王の性格を幼い頃から嫌と言うほど見てきたセラフィーナは怒鳴られたぐらいでは動じない。


「そんなこと許されると思っておるのか! 国のために歌え、役に立て!」

 ゲン担ぎの気持ちなら理解できるが、普通、歌で勝利を導けるなんて本気で信じたりはしないだろう。けれどこの国王の怒りようは本気だった。我が国の勝利のために歌えと、セラフィーナの歌に執着を見せる姿。やはり……


「……陛下が私に歌わせていたのは、歌妖の一族に伝わる狂気の歌ですね」

 その名の通り人を狂わせ狂気的な精神状態に惑わす歌だ。

「なんだ……今頃気付いたか」

 ジョザイア王は誤魔化すことなくあっさりと認めた。


(ああ……本当にそうだったのね……)


「貴様には悟られないようにと命じてあったというのに。誰だ、余計な入れ知恵をしたのは」

「……自分で気付いただけです。あの歌は普通じゃないと」

 ダスティンの事を知られ彼の身になにかあっては困るので、セラフィーナは平静を装ってそう答えた。

 ジョザイア王はますます忌々しそうにセラフィーナを睨みつける。


「ふんっ……それで、怖気づいておるのか? もう何年歌い続けてきた。貴様の歌で何人が狂いこの国の勝利に貢献してきたと思っておる。良心が痛むとでも言いたいのなら今さらだ」

「っ……」

 自分の歌に惑わされ沢山の人が命を落とした。そう思うと胸の奥が氷の塊でも押しつけられたように冷えて痛くて、現実から目を逸らしたくなる。


 戦死した兵士たちの全てが自分のせいだなんて悲劇のヒロインぶるつもりはない。彼らだって覚悟を持って戦地に赴く戦士だし、歌姫の歌を聞くと力が漲り怖いものがなくなるのだと喜ぶ者もいる。

 けれど狂気の歌さえなければ冷静に引き際を判断できた人がもっといたかもしれない。怖くて逃げ出すことで死を逃れられた人もいたかもしれない。


「今さら嘆いたところで、お前の罪は一生消えないのだ」

「それでも……知ってしまった以上、私は二度とあの歌はっ」

 歌わない。そう宣言するのを制すようにジョザイア王の目が鋭く光る。

「貴様に選択権など与えた覚えはないわ」


「私は、陛下の操り人形じゃない。兵士の方たちだって」

「兵士たちなど使い捨ての駒だ。変わりなど腐る程いる。そして、セラフィーナ。貴様も我には逆らえぬ身だろう?」

 誰も無理矢理に自分を歌わせることなどできないと、セラフィーナはそう思っていたのだけれど。


「歌わないならそれでもよい。歌う気になるまで……貴様の従者を拷問器具で痛めつけるまでだ」

「っ!?」

 この男は魔王かなにかなのか。人の血が通っていないのではないかと思った。

 いつもそうやって表情一つ変えずに恐ろしい事を言ってくる。人の命の重みなど考えたこともないのだろう。こんな男が一国の王だなんて。


「アレッシュに手を出したら許さない」

「ならば歌え。それだけでいいのだ。簡単なことだろう」

 そう告げると、この話は終わりだと国王は側近を呼びセラフィーナを部屋の外へと追い出した。

 悔しいけれど、あの男は刃向えば必ずアレッシュに酷い仕打ちをするだろう。

(私は、歌うしかないの? これからも、狂気の歌を……)




 調べると約束した事実を隠すわけにはいかない。ジョザイア王と話した数日後、セラフィーナはこっそりと仲の良かったメイドに頼みダンティスを夜、人気のない中庭へ呼び出してもらった。


「セラフィーナ様」

 約束の時間より少し早く彼は現れた。

 セラフィーナは会ったらなんて切り出せばいいのだろうと迷っていたけれど、姿を見たら自然と頭を下げ言葉が出てきた。

「ごめんなさい」

「な、どうされました!?」

 突然、歌姫に頭を下げられたダンティスは慌てる。どうか頭を上げてくださいと何度も言われたが、どんな顔をすればいいのかセラフィーナには分からなかった。


「ごめんなさい……貴方の言った通りだったわ」

 それだけでダスティンは察してくれたようだった。

「私の歌は、人を惑わす力があった。戦場で体験したというあの狂気の状態は、私の歌を聞いたのが原因で、私っ、なんて恐ろしい事を」

「……落ち着いてください、セラフィーナ様」

「だって、私のせいで」


 この前彼から聞いた戦いでの惨状は、想像しただけでゾッとするものだった。

「貴女様のせいではありません。自分が言うまでなにも知らなかったのでしょう」

「でもっ……知ってしまったこれからも、私はきっと歌い続けるわ」

 アレッシュを守るために、その他大勢の犠牲から目を逸らそうとしている自分が嫌になる。けれど、それ以外の選択肢がセラフィーナには分からない。


「なぜですか? 私には、貴女が望んでそんなことをする人にはみえない」

「それは……」

 大切な人が人質に取られている。そんなの彼にしてみたら言い訳にもならないだろうから伝える事はしなかった。

「貴女も、我々はアノ力がなければ国に勝利を持って帰れないとお思いですか?」

 そんなことない。そういう意味じゃない。けれど彼になんと返せばいいのか分からない。

「ごめんなさい……」

 セラフィーナは逃げるようにその場を立ち去った。ダスティンが追い掛けてくることはなかった。

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