第36話 鳥籠の中の歌姫①

 幼い頃から音楽の教養を身に付けるよう言われていたセラフィーナは、ある日からその意味も教えられないまま歌を覚えさせられるようになった。

 古い楽譜を渡されピアノだけがポツンと置かれた地下室に一人。何時間もピアノを弾きメロディを覚える毎日が過ぎていった。


 やがてその歌声を人前で披露する機会が訪れる。戦場に向う兵士たちへの景気づけのため歌うよう国王に命じられたのだ。

 自分の歌で少しでも彼らを元気付けられるならとセラフィーナは覚えた歌に心を籠め声にのせた。後から聞いた話によると、その時の戦いは、7:3で相手国の勝利だろうと言われていた負け戦だったが、まるで奇跡のようにウェアシス側が勝利したらしい。


 それをきっかけに戦場の歌姫が歌うとウェアシス国が勝利する。彼女の歌声は勝利を呼ぶのだという噂が徐々に広まっていった。

 実際セラフィーナが歌うと、ウェアシスの兵士たちが負ける事はなかった。セラフィーナは役に立てる事が嬉しくて歌い続けた。


 それから数年が経ち、十七歳になったセラフィーナは戦場の歌姫という役目を続けていた。呼ばれるがまま、言われるがまま歌い続けるのが仕事だった。

 けれど、そんなある日……




◆◆◆◆◆




「セラフィーナ様、少々お話よろしいでしょうか」

 勝利し戦場から戻ってきた兵士たちを労う宴にて、セラフィーナは特に話したこともなかった厳つい青年に声を掛けられた。

 こっそりと会場を抜け出し涼んでいたため、サボっていた所をみられたような居心地の悪さを感じながらも「なにかしら」とセラフィーナは品行方正な歌姫の仮面を付けた笑みを浮かべる。


「じ、自分は、下士官のダスティン・スタンリーと申します! すみません。自分のような者が歌姫様にお声を掛けるなどと失礼は承知の上ですが、どうしてもっ」

「ふふ、そんなに畏まらないで」

 顔に傷のある厳つく強面な大男。そんな言葉がぴったりな青年が、自分なんかにガチガチに緊張している姿にセラフィーナは思わず吹き出してしまった。

「私はまだ王族でもなんでもありませんから、気を張る必要はないのよ」

 そう言ってほほ笑むとセラフィーナのにこにことした表情が移ったのか、下士官の青年も汗を拭いながらようやく少し緊張の解れた笑みを浮かべる。


「それで、ダスティンさん。なんの御用ですか?」

「それは……貴女が歌ってくださるあの歌のことで……」

「歌?」

「……単刀直入に申し上げます。貴女はいつも歌で我々を惑わしているのですか?」

「え?」


 ダスティンにそう聞かれ最初は意味が分からなかった。そんなセラフィーナに彼は言う。

 貴女の歌を聞いてから戦うと力が漲り怖いものがなくなる。痛みさえ快感となり、己の死さえも恐れない興奮状態が続き、周りにいる者が動かなくなるまで暴れ狂う様になるのだと。


「目覚めると戦場での記憶は皆曖昧で、自分もその事を気に留めたことはありませんでした。今回の戦までは」

 彼は今回戦場に出る前、所用でセラフィーナの歌を聞けなかったのだと言う。そして一人惑わされない状態で戦場での惨劇を目の当たりにしたのだと。


「その光景は、まさに地獄絵図で……その異様さに自分は違和感を覚えたのです。しかし上の者に聞いても取りあってはもらえなかった」

 そんな中、歌妖術という存在を知ったのだと言う。そしてセラフィーナはその正当な血筋と呼ばれていることも。


 確かにセラフィーナ自身も自分は歌妖の血を引いていると、幼い頃に聞かされたことがある。けれど両親を早くに亡くし色々あって王家に引き取られた身だ。その力の使い方も分からなければ、一族に代々伝わる歌は、親から子へ直接教えられるものだったのでセラフィーナはなにも知らない。そのはずだった、でも。


(……どうして、気付けなかったんだろう)

 もしなんらかの方法で、数多にあった歌の内一部の曲でも楽譜が残され世に出回っていたのだとすれば。

(私はそれを覚えさせられていたの?)


「セラフィーナ様、自分は恐ろしいのです。もし貴女が歌妖術をお使いなら、貴女の歌一つで我々は殺人兵器にされてしまう。己の意思も奪われ、目の前の者を抹殺する傀儡に」

 ダンティスは決してセラフィーナを責めるつもりではないようだった。

 ただ真実を知りたいのだと。もし本当に歌で自分たちはおかしくさせられているなら、意義を唱えたいと。


「ごめん、なさい……なにも知らなくて」

 無知は罪深いものだとどこかで聞いた事がある。自分は今までまさにそんな存在だったのだと血の気が引いた。


「私に、少し時間をください。真実を知るため確かめてみます」


 もし自分が歌わされていたのが歌妖術だったのなら……その真実を聞くべき存在は一人しかいない。

 あの国王ならやりかねないと思った。

 自分の娘にアーロンとして生きる事を強要するようなあの男なら。

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