第34話 真実の名
「そう、だった……私は、あの夜に消えてしまうはずだったんだ」
抜け落ちていた大量の記憶が一気に流れ込み、セラフィーナは混乱しながらも全てを理解した。
「さあ、おいでローズ。早くこの身体の中へ」
「違うわ……私はセラフィーナ」
もう惑わされない。ローズの身体を指差し手招きをするアレッシュを眺めながら呟いた。
けれどセラフィーナの本当の身体には、すでにローズという新しい魂が入っている。
これから自分はローズとして生きるべきか、それに抗って消滅するべきか。
他の選択肢なんて――
考えが整理できないまま吸い寄せられ、炎の中に半分入った瞬間。
「アンジュ!」
腕を掴まれ魔法陣の中へ吸い込まれないように引っ張られた。
混乱したまま自分の左腕を掴み引っ張る力の方へ顔を向けると、引き止めてきたのはレイヴィンだった。
床に落ちていたアレッシュの上着を使い、セラフィーナを捕まえたようだ。
「行くなよ、それから消滅なんて考えるな」
まるで読心術でも持っているように心の中を言い当てられ困ってしまう。
「でも、他にどうしたらいいか」
「どうにかしてやる」
「無理です、そんなこと」
「無理じゃない。お前が生きたいと望むなら」
「私が、望むなら?」
「信じろよ、俺の事」
この人ならば、鎖に繋がれた自分を檻の外へ連れ出してくれるかもしれない。
出逢った夜も、攫いに来たと言ってくれた夜も……何度もそんな希望を感じた。けれど。
「わたくしたちの、邪魔をするなー!」
癇癪を起こしたアレッシュの怒声を引き金に炎が強さを増す。
魔法陣の中心は台風の目のように凪いでいたが、その外側は熱風が吹き荒れている。
炎の中へ引っ張られてゆくセラフィーナを引き戻そうとするレイヴィンも、一緒にずるずると引き摺られ徐々に炎へと呑み込まれそうになっていた。
このままでは彼まで炎を潜ってしまう。そんなことになれば軽い火傷では済まされない。
「もう、いいわ……」
「なにがだよ」
「もう十分、貴方は私の願いを叶えようとしてくれた」
「お前、記憶が……」
セラフィーナは、真っ直ぐにレイヴィンを見下ろして頷いた。
今度こそ、他人に植え付けられた嘘の記憶じゃない。本物の記憶だ。
「思い出したわ。貴方はずっと私を救おうとしてくれていたのね。この国から離れられない私を」
「セラフィーナ……思い出したならなおさらここで諦めるな!」
「だって、このままじゃ貴方が死んじゃう」
「俺はそんな柔じゃない」
そうは言うけれど熱風に煽られ今にも飛ばされそうな姿も、熱にやられ堪えている苦痛の表情も、全部隠そうとしても伝わってくる。
そうこうしている間にもセラフィーナの魂は炎の中へと吸い寄せられ、もう顔と左腕以外は魔法陣の中だ。
セラフィーナの腕を掴むレイヴィンの両手も炎擦れ擦れまで迫っていた。
セラフィーナを掴むために使っていたアレッシュの上着に炎が移り燃え始める。
レイヴィンはそれでも、セラフィーナの手を離そうとはしなかった。意地でもだ。
「も、だめ、よ。お願い、手を離して」
「お前が生きたいと望むなら助けてやるって言ってるだろ! 記憶が戻ったならあの夜の答え……聞かせろよ」
今ならなにを聞かれているのか分かった。
(……貴方と一緒に行きたい。それが、私の答えだった)
だから一度は彼と共にこの国を出ようと決意した。
(けれど、私にそんなことを望む権利はあるの?)
そんな甘い夢をみてしまったから罰があたったのではないか。自分はこの国の歌姫として生きなければならないのに。一人で逃げ出そうとしたから……そう思うと言葉に出来ない。
「小難しいこと考えるな……アンジュ」
「っ!」
ずるいと思った。その名で呼ばれると、歌姫の仮面が剥がれ落ちて素直な気持ちが口を吐いてしまうから。
(こんな私でも……貴方と一緒にいたいって、願ってもいいの?)
「アンジュ」
もう一度、その名で呼ばれた瞬間、言葉が零れた。
「……私を……この国から助けて、レイヴィン」
「ああ」
思いを口にした途端、アンジュの身体が強く閃光する。
レイヴィンは懐から一枚の札を取り出すと。
「偽物の名は……死んだと言われていたこの国の王女ローズ・ノースブルック・ウェアシス」
宣言するようにそう告げ、彼は札を破き燃やし消した。
「イヤーッ!」
炎の中でセラフィーナの姿をしたローズの金切り声が響き渡る。
「な、どういうことだっ!?」
アレッシュは動揺を隠しきれない嘆き声を上げている。
そんな中、セラフィーナとレイヴィンは互いに見つめ合い僅かに笑みを浮かべ頷き合った。
その瞬間、閃光していたセラフィーナの姿が完全に消えた。
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