第29話 囚われの身
「っ!」
ハッとして辺りを見渡す。
アンジュはアレッシュの上着を被せられ、その上からロープで拘束されていた。
ここは……ローズの身体が保管されている地下室のようだ。
女神像と背中合わせで固定されているため身動きが取れない。
「うなされていましたが、大丈夫ですか?」
こんな手荒な真似をしておいて、アンジュの顔を覗き込んでくるアレッシュは心底心配そうな表情を浮かべている。
「あなたが、今すぐにこのロープを解いてくれるのなら大丈夫です」
今の彼は信用できない。本能が警告している。アンジュは気丈に振舞った。
「だめですよ。この身体に入ってもらうまでは」
彼が指差した先には寝台に寝かされたままのローズの身体。
「戻り方が分からないです」
「ご安心ください。セラフィーナ様の身体に流れる魔力を貸していただければ、わたくしが用意した魔法陣が発動し成功するはずです」
アンジュが意識を失っている間に用意したのか、部屋の床には赤いインクか動物の血なのか考えたくはないが、真っ赤な魔法陣が描かれていた。
アレッシュはローズの身体を持ち上げ、魔法陣の中心へと運びそこに寝かせる。
「セラフィーナ様の魔力で……」
「ええ、お優しい方ですからねぇ。あなたがわたくしと直ちに城を出て行くなら協力してくれるとのことでした」
「そんな……」
「おや、どうしたのです? 嬉しそうじゃありませんねぇ」
「嬉しくないわ」
「なぜです? そんな状態では不便でしょう。身体を取り戻せるのですよ」
なぜかと問われれば答えられないけれど、彼の言うことを受け入れてはいけない気がした。
つけ込まれるなと言っていたレイヴィンの言葉も引っ掛かる。
この人が言っていることは本当に真実なのだろうか……
(私たちって、本当に恋人同士だったの?)
嘘だったならそんな嘘をついてなんになるんだという疑問もあったが、もう疑いもなく彼の語る過去を信じてはいけないと思った。
その時、この部屋に一つだけの出入り口の扉が開いた。
「遅いですよ、セラフィーナ様」
「ごめんなさい予定より時間が掛かってしまって」
走ってきたのか乱れた髪を掻き上げながら、セラフィーナがこちらへ歩いてくる。
「それで例の件は上手くいったのでしょうね」
「ええ。あの先生はきっと処刑されるわ」
「あの先生って……レイヴィン様のことですか?」
青ざめたアンジュの方を見てセラフィーナがくすりと笑う。
「そうよ。彼は今頃牢獄の中。殿下の婚約者であるこの私に手を出したんですもの、その罪は重いわ」
まさか二人の関係がバレてしまったのか。
「大切な人が牢に入れられたのに、なんでそんなに楽しそうに笑っていられるの?」
「だって楽しいんですもの。貴女の顔が苦痛で歪むのを眺めているのが」
アンジュはきゅっと下唇を噛みしめる。どんなに怒っても訴えても自分が取り乱せば取り乱す程彼女を喜ばせることになると察して。
(……大丈夫。レイヴィン様は大陸一の怪盗だもの。簡単に処刑なんてされるわけない)
自分に言い聞かせるように心の中で呟く。今すぐにでも彼のもとへ行きたいけれどこんな身じゃ助けることもできない。
「さあ、くだらない話はそこまでにして早く始めてしまいましょう」
「……そうね」
セラフィーナは魔法陣の中央に眠るローズの身体へ顔を向けた。
そしてアーロンへ問い掛ける。
「……貴方はこの身体と生きていくのよね」
「ええ、わたくしはローズと生きていきます。あなたもセラフィーナとして好きに生きてください」
「……分かったわ」
なぜだろう。セラフィーナがツンとした表情の奥で、悲しみを堪えているのが見えた気がした。
(このままじゃ、あの体に戻されてしまう)
「ああ……ようやく、わたくしはあなたをこの腕に抱くことができるのですね」
こちらを振り向きアレッシュは恍惚とした眼差しで見つめてくる。
「私は、貴方のものにはなりません」
ハッキリと言葉にして拒絶するとアレッシュは憎々しそうに眉をしかめた。
「反抗的な態度は感心しませんね……あなたがわたくしと共に生きると誓うなら、彼が処刑されないよう手を回してあげることもできるのですよ」
「っ!!」
アンジュの表情が変わったのを見てアレッシュは笑みを浮かべた。
「どうするのが利口か、あなたなら分かりますね?」
「…………」
それは自分が唯一レイヴィンを助けられる方法かもしれない。
彼を助けられるなら……そんな思いが過ったけれど。
(流されちゃダメ……冷静にならなくちゃ)
目を閉じると瞼の裏に大好きな人の顔が浮かぶ。俺を信じろと言ったあの時の言葉と共に。
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