第28話 夢うつつ
「ど、どこに連れて行く気なの?」
レイヴィンの目の前で攫われたアンジュは、アレッシュに抱き運ばれ抵抗しようと身を捩る。
「大丈夫、なにも心配することはありません。あなたはわたくしが幸せにしますから」
そんな言葉じゃ安心できない。けれどアンジュがもがいてもアレッシュの力には敵わない。
「アレッシュ、お城を出るって本気で?」
「ええ、本気ですよ。わたくしと共に生きてください。この国から離れて、小さな村でひっそりと暮しましょう」
縋るようなアレッシュの眼差しに複雑な思いがする。
「私は……貴方と共にはっ」
「フフフッ、また逃げられては困るので少々手荒な真似をさせていただきますね」
「ぃっ――」
小さなレンズに太陽の光を集め額に翳された瞬間、アンジュは耐え切れない激痛により意識を手放した。
◆◆◆◆◆
ゆらゆらと視界が揺れていた。ぼんやりと響く声がどこからか聞こえてくる。
アンジュは夢だろうかと思いながら沢山の情景を映した掌サイズのバブルに埋もれている。その中の一つに幼いセラフィーナとアンジュの知らない男の子が映し出されていた。
「見つけた、セラフィーナ。もうすぐ夕食の時間だ、帰ろう」
女神像の裏から顔をだしたセラフィーナが嬉しそうに男の子の胸に飛び込む。
「わぁい、アーロン兄様が迎えに来てくれた」
「……セラフィーナ、何度言ったら分かるんだい。キミはボクを兄と呼んではいけないよ」
困った顔をしてセラフィーナの頭を撫でるのは、幼い頃のアーロン王子なのだろう。
金髪にエメラルド色の瞳をした儚げな美少年といった顔立ちをしている。
「なぜ? だって姫様は呼んでいるわ」
「あいつはボクの妹だから、でもキミは……」
「どうして私はだめなの? だって、私も貴方の家族にしてくれるって言ったのに」
泣きそうな顔をするセラフィーナをあやすように、王子が彼女の頬にキスをする。
「そうだよ、ボクはキミと家族になりたい。だから、どうかボクを兄だと思わないで」
王子の切ない表情を見上げ、セラフィーナは意味が分からないと首を傾げていた。
「いつか、分かるよ。キミが大人になったらきっと」
微笑ましい光景にアンジュは胸の奥が暖かくなった。
その情景を映し出していたバブルはそこで弾けて消える。
(アーロン王子はセラフィーナ様が好きなのね)
政略結婚かと思っていたが、彼はセラフィーナのことを……
なのに、自分はそんな王子から彼女を奪う手伝いをしようとしていたのか。
重く圧し掛かってきた感情に押され、アンジュは泡の中へ落ちてゆく。
するとまた違うバブルが目の前に出現した。
城の屋根に座り成長した今のセラフィーナが星空を見上げている。その隣にはレイヴィンの姿もあった。
「どうするか覚悟は決まったか?」
レイヴィンの問いにセラフィーナは表情を曇らせる。
「俺もそろそろ協会へ戻ってこいと言われてるんだ」
「そうなの……レイヴィン、帰ってしまうのね」
セラフィーナは寂しそうに眉を顰めた。
一瞬なにか言い掛けて、けれどその言葉を飲み込むようにして。迷いながら彼女は言葉を紡ぐ。
「私は……やっぱり、ここを離れる事はできない」
レイヴィンはなにも言わなかった。けれどその表情は僅かにだが切なげに歪んで見えた。
「自分でこの国から攫ってとお願いしたのに、自分勝手でごめんなさい」
「……それでいいのか?」
「この国を飛び出したかった気持ちは本当よ……でも、あの人を放っておけないの」
セラフィーナは瞼の裏に誰を思い浮かべているのか、目を瞑り静かに息を吐いて答える。
「あの人っていうのは、婚約者のことか?」
「……そうよ。王となるあの人を支えなくちゃ。アレッシュと二人で」
なにを想っているのか読めない表情でセラフィーナは星空を見上げながら呟く。ただとても幸せそうな顔には見えなかった。
「少しの間だったけれど、貴方と過ごした時間とても楽しかった。ありがとう」
綺麗な微笑みだった。けれどその瞳はまるで全てを諦めているようで……レイヴィンがセラフィーナを抱きしめる。きつく。
「…………お前をこの国から攫いたい」
その言葉を聞いた途端、セラフィーナの瞳が潤む。けれど彼女は涙を堪え彼を抱き返すことはなかった。
そこでバブルが弾けて消えた。
その後、あの二人はどうなったのだろう。どうしようもなく胸が苦しくて涙が零れてくるのはなぜだろう。
――明日の夜、あの場所で待ってる。
耳元でレイヴィンの声が響いて消える。
――お前が、好きだよ
(これは、なに……私……)
なにか記憶の欠片が脳裏に過る。だが。
『お前なんて消えてしまえばいいんだ!』
その声が響き渡った瞬間にすべてのバブルが弾けて消えた。
(もう少しで……なにか思い出せそうだったのに)
憎しみに満ちたローズの声でアンジュは夢うつつから現実に引き戻されたのだった。
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