第30話 怪盗の愛した歌姫 -レイヴィンsideー
両腕を男二人掛かりに掴まれレイヴィンは人気のない廊下を歩かされていた。おそらくこのまま牢へと連れて行かれる。
そんな気は、さらさらないが……
(まだこちらの手札もそろっていない。アイツの正体はいったい)
自分を牢に追いやろうとした彼女。セラフィーナの姿をしていても、彼女が偽物であることは一目見た時から察していた。
どんな方法でそうなったのかも予想はついている。知り合いの魔術師と連絡を取り合い、彼女を元に戻す手はずも……。
『とある女性の身体に別人が入ってる可能性があるって? それが本当ならそりゃオマエの予想通り禁術が使われているな。その偽物と一緒に女性の真の魂を連れてくれば、オレがどうにかしてやれるかもしれない。だが時間が経てば経つほど戻れる可能性は低くなる。15日過ぎるとさらに格段とやばくなるぞ』
禁術の研究をしている彼ならばと思いその魔術師に手紙を送った返答はこうだった。この魔術師がいる協会本部まで移動日数は最速でも船を使い15日以上かかる。危険な賭けだ。
手紙ぐらいなら協会本部と支部を繋ぐ転送術で送り支部からはカラス便ですぐ届けられるが、人間を転送させられる術者は限られているうえ、それも禁術に指定されているので使えないのだ。
そのため魔術師はもう一つセラフィーナを元に戻す方法を送ってくれていた。
『そっちで解決できるなら偽物の魂を追い払って真の魂を元の身体に戻せばいい。悪しきモノを払う術札を送ってやるから、それに偽物の本当の名を書いてから破って燃やせ。ただし……この方法は真の魂に生きる意志がなければ戻れない。もし戻れなければ、魂の抜かれた身体は死体となり数日で腐敗が始まる。そうなったらゾンビになる前に死体を燃やすしかないぞ』
できればこの方法で解決したかった。しかしたとえ偽物の名前を手に入れたとしても、彼女に生きる意志がなければ元には戻れない。そこにレイヴィンは引っ掛かっていた。
全てを諦めているような彼女の瞳や、夜中にひとりで泣いていた今にも消え入りそうな彼女の後姿を思い出す。
(全て思い出したらお前はどうなる?)
何が彼女を縛り苦しめているのか、レイヴィンも全ては把握していない。彼女が自分にだけ教えてくれた秘密は一つだけ。
けれど他にもきっとなにかあったのだ。
記憶を思い出したら……彼女は結局、終わりを選ぶんじゃないか。
思い出してほしくても、同じぐらい彼女が全てを思い出すことに抵抗を感じて躊躇していた。
(アンジュ……)
新しい名前をあげた夜、嬉しそうに笑った彼女を思い出す。
全部忘れた彼女が若干癪に触った。人の気も知らないで能天気に慕ってくるところも。女に振り回されるなんて今までなかったから。
けれど記憶を失いなんの柵もない彼女は、とても無邪気で……前よりも楽しそうに笑うようになった。
全てを思い出したらアイツは……
(迷うな。情に流されるな。目的のためになにが最善かだけを考えろ)
自分に言い聞かせる。怪盗を始めた頃、当時のお目付け役に言われた言葉だ。
「それにしても、セラフィーナ様に手を出すとはなんて男だ」
突然、大人しく俯いていたレイヴィンに向って右側にいた男が吐き捨てるように言った。
「まったくだ。身の程を知れ!」
同意するように左側の男も忌々しそうにレイヴィンに睨みを効かせてくる。
「だいたい、前々から気に入らなかったんだよなー、アンタ。どこのコネで入った薬師か知らねぇけど、メイドたちにきゃーきゃー言われてよぉ!」
「…………」
「ははっ、だが調子にのって歌姫様に手なんか出すから。バチがあたったなあ!!」
「おいっ、聞いているのか!」
ドンっと壁に押さえつけられ二人掛かりで凄んでくる声が耳障りだと思った。
今、これからの事を頭の中で組み立てているのだ。せっかく大人しく連行されてやっていたというのに邪魔でならない。
「…………」
「ふんっ、これからの自分の処遇を思うと恐ろしくて声も出ないか」
「我が国の第一王子の婚約者に手を出したんだ。軽い刑で済むと思うな」
男たちはニヤニヤとした笑みを浮かべながら、互いに目で合図を送り合っている。
「そうだな。処刑の前に色々と調べる必要がある。拷問も受けてもらわないとな!」
向かって右側の男が握った拳をレイヴィンの腹に一撃入れようとしてきたが。
「耳障りだ。日頃の憂さ晴らしならよそでしろよ」
「ッ!?」
男の拳を掴んで止めると、そのまま腕を捻りあげる。
「お、おい、調子に乗るなよ!」
左側にいたもう一人の男が慌ててレイヴィンを後ろから羽交い絞めにする。
「抵抗してきたんだ、少しぐらい怪我を負わせても文句は言われないだろう」
拘束されたレイヴィンに向って男がもう一度拳を振り上げる。
(……そこの角はたしか空き部屋だったな)
城の見取り図は頭の中に入っている。牢に近いこの辺りは警備の人間以外、あまり人も寄り付かないので都合が良い。
レイヴィンは羽交い絞めにしてきた男に頭突きを喰らわせ、正面から殴りかかってきた男には腹に蹴りをお見舞いした。
男たちは驚きながら手も足も出ず床に蹲っている。
「な、なんなんだ。オマエ、ただのひ弱な薬師のくせにっ!」
「薬師だからひ弱とか、偏見もいいところだな」
そもそも自分は薬師じゃないが、と心の中で思いながらレイヴィンは手刀で二人の意識を奪うと空き部屋に運んで拘束しておいた。
「さて、と……」
目的のためになにが最善かを考える。
いつも笑顔で、なのに悲しげな瞳をしていたセラフィーナ。表情豊かで無邪気に笑うアンジュ。
どちらでいることが、彼女にとって幸せなのかは分からない。けれど。
「俺は怪盗だ。一度狙ったモノは必ず手に入れる。傷一つ付けない、完璧な状態で」
レイヴィンの目から迷いが消えた。
たとえ全てを思い出して彼女が絶望したとしても、また無邪気に笑えるように幸せをたくさん贈ってやればいい。この手で。
あの夜、約束の場所へ身体も記憶さえ失っても現れてくれた彼女を信じて。
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