第24話 歌姫とアレッシュさんの過去
部屋に着くとアレッシュは前回と同じように、カーテンを閉めランプの明かりを灯し革張りの長椅子に腰掛けるアンジュの隣に座った。
顔見知り程度にしては近すぎる距離感も、恋人ならば自然なものなのかもしれない。そんなことをぼんやりと考えていると。
「あの部屋に居づらくなる理由は、セラフィーナ様とレイヴィン先生の仲を見せ付けられて、でしょう?」
「なっ、なぜそう思うんですか?」
突然、普通の世間話のように聞かれアンジュの声が裏返る。
「わたくしもセラフィーナ様に仕えて長いですからね、分かりますよ」
なんてことのないように言われると、たいした問題ではない気がしてきてしまいそうだがそんなはずはない。
「アレッシュさんは……あのお二人がどんな仲なのか、ご存知ということですか?」
恐る恐る確認するアンジュに対し「恋人でしょう」と、軽い口調でアレッシュは答える。
「それはセラフィーナ様の従者として、認めてしまって大丈夫なんですか?」
こんなスキャンダル、普通は許されない。レイヴィンの本職が怪盗だということはバレていないにしても、王子のフィアンセを誑かした罪人として裁く事だって出来てしまうのだから。
だがアレッシュは怒りを覚えている様には見えなかった。
それよりも穏やかな表情をしている。
「わたくしはむしろ喜んでいますよ。セラフィーナ様を、こんな国の犠牲者にしたくない。それがわたくしの望みでしたから」
アンジュが首を傾げると亡霊に知られたところで口外のしようがないからか、恋人だった者へのよしみからなのかアレッシュは淡々と話してくれた。
「かつては栄え歌妖の一族が治めていた里をご存知ですか? 歌妖の里は正統な能力者の消滅でいまや滅びの里とまで言われている有様ですがね。あの土地は、魔術師に欠かせない魔石のそれも質の良いものが取れる」
アンジュは以前レイヴィンに聞いた話と繋ぎ合わせ、彼の言いたいことをなんとなく察した。
「セラフィーナ様は歌妖の一族の血筋なんですよね」
「おや……ご存知でしたか。あの方は一族の前長の血を継いでいると聞いています。ただし、彼女の両親は歌妖族狩りにあい、赤子だったあの方だけをなんとか逃がすと命を絶たれたそうで」
セラフィーナが長の娘だったと正式に認められるような証拠はない。
ただし彼女には力があった。本物の歌妖術かもしれないと、周りを納得させられるだけの力だ。
「セラフィーナ様のお父上とわたくしの父は古くから友人関係だったようで、赤子だった彼女はわたくしの父に託され、わたくしと彼女は旅団として国を転々としながらも家族同然で育ってきました」
「じゃあ、旅の途中で出会ったアーロン王太子に見初められてお城へ?」
ただの一目惚れではなく、歌妖の力を含めて見初められたということだろうと思ったのだが、アレッシュは渋い顔をして首を横に振った。
「父はわたくしたちの知らぬところで多額の借金を残し他界しました。仲間たちは散り散りになり、その借金は全てわたくしが背負うことになったのです」
「え……」
「皆離れていった中、ここまで育ててくれた恩義があると残ったのがセラフィーナ様です。そこへ都合よく現れた借金を肩代わりしてやる条件に嫁ぎに来いとやってきたウェアシス王家に買われて、彼女とわたくしはこの城にやってきたのですよ」
「でも、その頃ってお二人ともまだ子供ですよね?」
まだ幼い二人にそんな過酷な出来事が降りかかっていたなんて。
「今のわたくしがあるのは、セラフィーナ様のおかげです。だから彼女の幸せを願わない日はありません。けれど」
そう言うアレッシュの表情はどこか辛そうだ。
「彼女はこの国に捕らえられてしまった。ウェアシス王国はセラフィーナ様が妃となり王家の血を継ぐ子を産ませた後、歌妖の里へ乗り込むつもりなのでしょう。里はわがウェアシス王国の後継者こそが受け継ぐに相応しい土地だとこじつけて、ね」
ぞくりと肌が粟立った。
先日のメイドたちの噂話が今なら理解できる。セラフィーナはこの国で王家の子を産むための道具として買われたのだ。
「全てはわたくしの父と、力のないわたくしのせいなのです。わたくしがもっとしっかりしていれば、幼いセラフィーナ様にこんな過酷な道を選ばせることはなかった……本当に申し訳ないことをっ」
苦痛に顔を歪め俯くアレッシュを前に、アンジュはそっと彼の手へ自分の手を重ねていた。もちろん触れることは出来ないが、アレッシュはハッとした表情で顔を上げる。
「そんなことない。その頃は、まだ二人とも子供だったんだもの。身よりもない二人が不自由なく生きていくためには、きっとこの選択しかなかった。貴方が全ての責任を感じることはないです」
言った後アンジュは我に返り、偉そうなことを言ってしまった自分に後悔した。
なぜだか放っておけない気持ちになったのは、やはり生前恋人だった情でも残っているのだろうか。
「ご、ごめんなさい。なにも知らない私がこんなこと言えた義理じゃないですよね。二人の苦しみも知らないのに」
あわあわと慌てるアンジュを見て、ふっと表情を和らげたアレッシュは少しだけ泣きそうな微笑を浮かべ触れられないアンジュの頬に手を伸ばす。
「ありがとう。あなたはいつもそうして、わたくしの心の重荷を軽くしてくれる」
「そ、そんなこと……」
「こんな話、もうあなたには聞かせるつもりなかったというのに……あなたはいつだって、わたくしの弱い部分も受け止めてくれる。その優しさは、たとえ記憶を無くしても変わらないのですね」
見つめたアレッシュの瞳の奥に仄暗く光る感情が見えた気がして、アンジュは嫌な予感から目を泳がせた。
(なにかしら、その話の先は聞きたくない……気がする)
そう思ったけれど耳を塞ぐ間はなかった。
「だから、わたくしはそんなあなたを愛したのです……離れたくないと願うほどに」
きっと自分は今、困った顔をしている。そう思いながらも、アンジュはどうしていいのか分からなかった。
「わたくしとあなたは、恋人同士なのですよ。わたくしは、あなたがそんな状態になる前からあなたのことを知っている……ローズ」
思い出せないまま、アンジュは首を傾げた。
「ローズというのは」
「あなたの名前です」
呼ばれてもピンと来ない。
数日前にレイヴィンが付けてくれた、アンジュという名前のほうが馴染みがあると感じてしまうぐらいに。
「ごめんなさい。貴方のことを思い出せそうにありません」
そうですかと答えたアレッシュは苦笑を浮かべていたが、絶望の表情ではなかった。
「それに、私はもう亡霊となってしまった身です。どうか、私のことは忘れてください」
これから自分はレイヴィンと共謀し、アレッシュにとっては苦難を共にしてきたセラフィーナを奪おうとしているのだ。
そんな自分への未練が残っていては、アレッシュが今後苦しんでしまう。
だからどうか忘れて欲しい。それは自分のわがままでしかないと思いながらも、そう願ってしまう。
「大丈夫。まだあなたには元に戻れる可能性が残っています」
「え?」
きょとんとしてしまった。そんな可能性、期待したこともなかったから。
「元に戻れるって……死人を、蘇らせるということ?」
いいえと首を横に振りながら、アレッシュはお馴染みの上着をアンジュに被せ腕を掴んで歩き出した。
「あ、あの、いったいどこへ」
「……あなたの身体が眠る場所へ」
(私の……身体が……?)
戸惑うアンジュを少々強引に引っ張り、アレッシュは別の場所へとアンジュをいざなう。
正直怖かったけれど、失った記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない。そう思いアンジュは逃げることなく彼の後についていった。
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