第23話 ちょっぴり強引なアレッシュさん

「む~、あんなに見せ付けてこなくても」

 セラフィーナの意地悪な笑みを思い出し、アンジュは廊下の真ん中で地団駄を踏んでいた。

 しかし窓から差し込む光が当たりじゅっと焼けるような音がした途端、ひゃっと悲鳴を上げて物陰に身を寄せる。


「私だって……レイヴィン様に抱きつきたい。ぎゅ~ってされてみたいです」

 透けた自分の掌を眺めながら、空しい気持ちに苛まれた。

「はぁ、切ない……」

 まあたとえ触れられようとも、レイヴィンに飛びつこうとすればさっと避けられて終わりそうな気もするけれど。


 膝を抱えて縮こまる。

 セラフィーナの気持ちも分かるのだ。自分が彼女の立場だったらと考えてみると、やはり恋人の近くにいつまでも彼を想う亡霊が付き纏っているのは気分がよくないだろうから。


「いったいどのタイミングで部屋に戻れば……」

(レイヴィン様もセラフィーナ様の前では私が見えない演技を続けているし、余計な邪魔はしないほうがいいですよね……)

 だがあまり離れたらまた心配を掛けてしまうだろうし、いつまで廊下で待機していたらいいものかと考えていると。


 カシャーン


 近くの部屋から陶器の割れる音が聞こえてきた。

 そーっと近づいてみると中から慌てるメイドの声が聞こえて、どうやら清掃中に誤って花瓶を落としてしまった様子だ。

「ごめんなさい、手が滑ってしまって」

「後でメイド長に報告しなくちゃね……どうしたの? あなたさっきから上の空だったけど」

「それは……あの、わたし見ちゃって……」

「見たって?」


 何を見たんだろうとアンジュも気になってドアに耳をくっつける。

 城の壁はどこも魔除けの術が施されているため壁抜けできないのがもどかしい。


「セラフィーナ様が薬師の先生のお部屋へ入っていくところ」

「「えー!」」

 中にいるメイドとアンジュの声がハモり慌てて口を押えたが、彼女たちはもちろんアンジュの存在に気づいていない。

「実は昨日も見かけてて……もしかして、あの二人って」

「しー、そんなこと大きな声で言っちゃだめよ。誰かに聞かれでもしたら」

(ああぁ……バレてる。バレてますよ、レイヴィンさま~!!)


 どうしよう陛下や殿下の耳に届けばレイヴィンは捕まり処刑される可能性もある。

 アンジュはあわあわとしながら会話の様子をさらに伺う。


「あのセラフィーナ様が浮気するなんて意外。しかもこんな堂々と」

「殿下とも仲睦ましくてお似合いに見えていたのにね」

「でも、あの先生って若くて優秀で色男じゃない。声が出なくて心が弱っていた時に、そんな人に助けてもらったら好きになっちゃう気持ちも分からない?」

「そうよね、表立って応援はできないけれど……このことはわたしたちの胸にとどめておきましょう」

(ほっ……よかった)

 どうやらとりあえず大丈夫そうだ。今口外されることがなければ、二人の駆け落ちは今日なのでなんとかなるだろうとアンジュは肩を撫でおろしドアの前から離れた。その時。


「可愛い迷子のお嬢さん。こんなところでどうしたのですか?」

「きゃっ!?」

 飛び上がって振り向くといつの間にかアレッシュがそこにいた。

「ア、アレッシュさん」

 昨日セラフィーナから、アンジュは生前アレッシュと恋人関係だったのだと聞かされたことを思うと正直どう接したら良いものか戸惑ってしまう。


(申し訳ないけど、まったく思い出せない……)


 困った顔をしたままアレッシュを見つめていると、彼もアンジュの表情が移ってしまったのか困った顔で首を傾げた。

「そんなに見つめられると、照れてしまうのですが」

「ごめんなさい」

 そう言われるとアンジュまで意識してしまい顔が赤く染まる。


「またレイヴィン様の所に居づらくなってしまったので、ちょっと一人で時間を潰していたの」

 気まずい沈黙を作らないうちにとアンジュは少し早口になった。

「そうですか。では、またわたくしの部屋で談笑でもしませんか?」

 深く追求することもなく、アレッシュは穏やかなままだった。


(どうして、そんなに優しくしてくれるの? 腹立たしくないのかしら。恋人だった亡霊が自分のことを忘れて他の男性の近くにいるのに……)

 申し訳ない気持ちに苛まれ今回はお断りしようと思った。

 けれどアンジュの表情だけで口を開く前に断るつもりだと読み取ったのか、アレッシュは少し強引にアンジュへ自分の上着を被せ捕まえる。


「わぁ!?」

「ふふ、もうあなたの捕獲方法は取得済みですから」

「えぇ~!?」

 抵抗する間もなくアンジュはアレッシュにお姫様抱っこされいつもの部屋へと連れて行かれたのだった。

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