第18話 追憶 ーレイヴィンsideー

 セラフィーナと二度目に会ったのは、出逢った日から少し経った夜のことだった。


 協会から受けていた仕事を一区切りつけたレイヴィンは、コネを使い城の見取り図を入手し記憶するとセラフィーナに会いに行った。城の屋根を移動し彼女の部屋へとつながるバルコニーへ降りるつもりだったのだが。


「ふっ……ぅっ……」


 目指している場所に近づくにつれどこからか声を殺しすすり泣く女の声が聞こえてくる。

 こんな深夜に泣き声とか亡霊かよと思ったが、目的地に辿り着くとその声の主が分かった。

「うっ……ひっく……」

 泣いていたのはあの夜から焦がれていた女だった。

 肩を震わせバルコニーの柵にもたれセラフィーナは一人で泣いていた。


 放っておいたら消えてしまいそうな……そのまま柵を越えて飛び降りてしまいそうな、そんな危うさを感じレイヴィンは迷うことなくバルコニーへと降り立つ。

「っ!?」

 人の気配に振り向いたセラフィーナは悲鳴こそ上げなかったが、突然現れたレイヴィンに驚いた顔をしている。

 それに構わず近づくと歯の浮くようなセリフでも言って慰めてやろうかとも思ったがやめた。なぜ泣いているのか知らないが、そんなことじゃ彼女の気を紛らわせてはやれないだろうと。


 少し考えてからパチンと彼女の目の前で指を鳴らした。そしてなにもなかったはずの手から四つ葉のクローバーを出して見せる。


「わっ……な、に?」

 彼女はますます驚き目を丸くしている。その正直な反応がおかしくてレイヴィンは吹き出した。

「フッ、お前にやるよ」

 セラフィーナはきょとんとしたまま差し出された四つ葉のクローバーを受け取る。


「驚いて涙は止まったようだな」

「えっ、あ……」

 泣いていたのを見られたくなかったのか、彼女は横を向き涙を拭うと恥ずかしそうに俯く。

「貴方、先日の……なぜ、ここに」

「なぜ? 約束通り攫いに来たんだよ。お前のこと」


 あの夜、一つだけ願いを叶えてやると言ったレイヴィンに彼女はこう言ったのだ。

 なら私を攫って。遠い国まで、と。


「えぇっ!? あれはほんの冗談で」

「冗談? 嘘だろ……あの目は本気だった」

 戸惑うセラフィーナの瞳を覗き込む。まるで心の底まで見透かされた気持ちになったのか、彼女は居心地悪そうに視線を逸らした。


「……まあ、冗談だったならそれでもいいけど」

「それは……」

 彼女は迷っているようだった。恐らくこの国を離れたいのは本心で、けれど彼女をこの国に繋ぎ止めるなにかがあるのだろう。


(婚約者の存在か?)


「どうしたい?」

 もう一度聞くとセラフィーナは迷ったすえ「少し、考えさせて」と答えた。

 まあいいだろう。協会から次の仕事が来るまで余裕があったため、それを受け入れ出直すことにした。

「あのっ」

 帰ろうとすると呼び止められ振り返る。


「あの……ありがとう」

 夜中に忍び込んできた素性の知れない怪盗に向って、彼女は四つ葉のクローバーを胸に抱きながら無防備に笑っていた。



◆◆◆◆◆



 オルゴールの所在を探るためセラフィーナの部屋に忍び込む事にしたレイヴィンは、城の屋根を伝い彼女の部屋のバルコニーへ着地する。初めて城に潜入したあの夜から人目を忍んで彼女に会う時は毎度この方法をとっていた。


 あの夜からセラフィーナは神出鬼没のレイヴィンをいつも嬉しそうに受け入れてくれた。

 けれどレイヴィンがバルコニーに降り立つたびに思い出すのは一度だけ見た彼女の泣いている姿だった。基本いつも笑顔で弱味を見せようとしないセラフィーナのあの時の涙の理由を自分は知らないままだ。


(なんて……今は余計な想いに耽ってる場合じゃないな)


 気持ちを切り替え窓越しに部屋の中を確認してみる。明かりは灯っているが、部屋に人影はない。

(あいつは留守か)

 彼女が居たとしてどうとでも言いくるめられるのでさほど気にしてはいなかったが、今はいないほうが好都合かもしれないと思った。


 難なく鍵を開けると早速部屋の中を探す。

 セラフィーナの部屋にはもう何度も来ているが、オルゴールが目に付いたことはないので、あるとしたらどこかにしまっているはずだ。

 大切なモノをしまうならどこか……セラフィーナの性格を考慮しながら推理する。


(あいつなら大切なモノは丁寧に保管するだろうし……寝る前とかに眺めてそうだな)

 王子から貰ったオルゴールを大切そうに眺めるセラフィーナの姿を想像すると若干イラついたが、そんな自分の気持ちには気付かないふりをして視線をベッドへ向ける。


 大きな天蓋付きのベッド脇にはサイドテーブルがあった。一番上の引き出しが鍵付きになっている。

 レイヴィンの手に掛かればこんな鍵一秒で開けられたが。

「ハズレ、か……?」

 鍵付きの引き出しの中から出て来たのは、またもや鍵付きの宝石箱だった。

 目的のモノとは違う気がしたが、ジュエリーボックスの形をしたオルゴールという可能性もあるので念のため鍵を開けてみる。


 だが予想通りそれは探していたオルゴールではなくて。

「なんだ、これは」

 宝石の散りばめられた意匠の箱の中に入っていたのはジュエリーなどではなく……ウサギの指人形や面白い形をしているだけの石ころに貝殻など、他人からみたらただのガラクタばかりが詰められている。


「フッ……あいつの宝箱ってやつか」

 拍子抜けしたがこんなものを宝石箱に入れておくギャップがセラフィーナらしいと思い、レイヴィンは一人吹き出した。

 きっとどれも彼女にとっては大切にしたい思い出の品なのだろう。

 さすがにそれを勝手に物色するのは気が引けてそっと箱をしまおうとしたが、その中に手紙らしきものがあることに気が付き手を止める。


 ――セラフィーナへ


 そう書かれている便箋を見るに誰かが彼女へ宛てたモノのようだ。この手紙はなにかあると怪盗の勘が働き手を伸ばす。

 その時、手紙を取り出した際にくっついてきたなにかがひらりと床に落ちた。


(あいつ……こんなものまで)

 それは四つ葉のクローバーの押し花だった。


 おそらくだがあの夜自分が彼女へ贈ったモノだろう。こんな些細なモノを押し花にして大切に持っていてくれたのかと思うと、柄にもなく愛しさで胸が熱くなる。


「セラフィーナ……」

 誰にも渡したくない。失いたくない。願わくはこの国から攫ってしまいたい。

(……時間切れか)

 部屋の入口の方からドアノブに手を掛ける音が聞こえる。一瞬、驚かせて鎌をかけてやろうかと思ったがやめる。

(あいつは俺の正体を知らない。今動くのは得策じゃないな)


 慌てることなく宝石箱を元に戻したレイヴィンは、彼女に会うことはせず手紙だけを持ち出しバルコニーから部屋を出たのだった。

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