第16話 不機嫌なレイヴィン様・再び

「レイヴィン様……あら?」

 レイヴィンの部屋のドアは、ちゃんとアンジュがいつ戻ってきても入れるようにと隙間が開いている状態だった。

 だから部屋にいるものだと思ったのだが、飛び込んだ室内はカーテンも閉められたまま薄暗くてしんとしている。


「そういえば、セラフィーナ様にお祭りに誘われていたんでしたっけ……」

 楽しそうに祭りを観光する二人を想像すると、先程オルゴールの情報を手に入れた時の高揚感もすっと冷めてゆく。


「私、バカみたい……」

 きゅっと下唇を噛み締める。

 亡霊の自分に未来はないし、二人が愛し合っているなら協力しようと思ったはずなのに、上手く自分の感情を処理することができなくて苦しい。


 そんな人の気も知らないで、きっと今頃レイヴィンはセラフィーナと楽しんでいるのだと想像すると、余計に気持ちがぐちゃぐちゃしてくる。


「レイヴィン様のバカ~」

 アンジュは行き場のない思いを持て余して天井を仰ぎながら声を上げた。


「だれがバカだって……あれだけ勝手な行動はするなって言ってるのに、どこ行っていたんだよ!」

「ひぇ!?」

 驚いて振り向くと部屋の入り口にレイヴィンが立っていた。


 どうやら彼が部屋に戻ってきたタイミングで暴言を吐いてしまったようで。なんて間が悪いんだと、そんな自分を恨めしく思うが後の祭りだ。


「あの、今のバカにはそんな深い理由はなくって。ただのストレス発散というか!?」

 しどろもどろしているうちに、部屋のドアを静かに閉めたレイヴィンはずんずんとこちらに近付いてくる。

 普段は冷たい印象すらうける菫色の瞳に、今は湧き上がる怒りのようなものが見えてアンジュは肩を竦めた。


「ひぃ~、ごめんなさい、ごめんなさい。調子に乗りました~」

 バカって言われたぐらいでそんなに怒らなくてもと思いながらあたふたするアンジュに詰め寄り、レイヴィンは壁際まで追い詰めてくる。

 だが彼を怒らせたのは、どうやらそんな理由ではないようだった。


「で、勝手に部屋を出ていったい今までどこに行ってたんだ」

「……それは」

 間近で睨まれて迫力負けしそうになった。だが今までいた場所はアレッシュの部屋で、それは秘密なので白状できない。

 困った。目を泳がせながら口ごもる。


「また黙るのかよ、この前もそうだったよな。俺に隠し事をしてる目だ」

「そ、そんなこと……気分転換にぶらぶらとお散歩していただけで」

「日の光を浴びることもできないその身で、いったいどこを散歩してたんだ?」

 眉間にシワを寄せたレイヴィンは口元にこそ笑みを浮かべているが、目は笑っていないのでやはり怖い。


「そ、それは……城内を一人散歩」

「城内のどこを?」

「この棟の上の階とか下の階とか」

 その言葉を聞いた途端レイヴィンの口元だけ保たれていた笑みもすっと消えた。


「……なんで嘘を吐くんだよ」


「私、嘘なんて」

「上の階も下の階も、お前が潜めそうな空き部屋も片っ端から探したが、お前はどこにもいなかった」

「え……」


 それはそうだ。本当はアレッシュの部屋にいたのだから。

 けれどアンジュは嘘を見破られたことよりも、レイヴィンが今までずっと自分を探していてくれたのだということに驚き目を見開いた。


「ずっと今まで私のことを探してくれていたのですか?」

「それは……」

 なのにレイヴィンはセラフィーナと遊んでいるのだと決め付けていた。そんな自分が恥ずかしくて堪らなくなる。

「ごめんなさい」

 たとえ気まぐれだったとしても、レイヴィンが自分を探してくれたという事実だけでなんだか少しだけ心が和らいだ。


「どこに行っていたのか白状しろ。俺にはそれを知る権利がある」

「……オルゴールの手掛かりを探していたんです」

 全部を正直には話せないので、アンジュはぼかしつつ偶然メイドたちの噂話しを耳にしたと誤魔化しながら説明する。

 レイヴィンは勝手な行動をしていたアンジュにまだなにか言いたげだったが、話を最後まで聞き終えると顎にてを当てなにやら考え込んだ。


「アーロン殿下が……セラフィーナの部屋を物色してみるか」

「物色!?」

「七年前に落札したなら、すでにそのオルゴールはセラフィーナの手元にある可能性が高いだろ。ちょっと部屋に行ってくる」


「えっ、でも王子のフィアンセのお部屋にそんな簡単に入れるわけ」

「俺を誰だと思ってるんだよ」

「……世界を騒がす怪盗さんです」

「そんな俺が女の部屋にぐらい、忍び込めないはずがないだろ」

 余裕だと笑って見せるとレイヴィンはすぐに部屋を出て行こうとする。


「わ、私もご一緒に!」

「今度こそ部屋でじっとしていろ」

「でも、なにかお役に立てることがあればと」

「余計な事は考えるな……ご主人様の命令は?」

「……絶対、です」


 そう答えるとレイヴィンはようやく少し表情を和らげ「よくできました」と、アンジュの頭を撫でる仕草をしてくれた。

「っ!!」

 触れられないのでなんの感触もない行為だったけれど、なにをしてもらえたのか理解したアンジュは赤らめる。


「レ、レイヴィン様~」

「騒ぐな」

「おかわり、ください! もう一回!」

「断る」

 喜びを表現するようにレイヴィンに両手を広げ飛びつこうとしたアンジュをさらりとかわすと、彼は「大人しくしてるように」と再度釘をさし一人部屋を出て行く。


 再びしんっとした部屋には、外から小さく聞こえてきた夕暮れ時を伝える鐘の音が響いていた。

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