第15話 オルゴールの噂
アンジュのためにカーテンを閉めランプに明かりを灯してくれたアレッシュに進められ、アンジュは革張りの長椅子に腰を下ろす。
「その後どうですか?」
アレッシュは向かいの椅子にではなく、アンジュの隣に当たり前のように腰掛けてきた。
本来年頃の女性なら二人きりの密室でこの状況は警戒すべきなのかもしれないが、アンジュの場合触れられる心配がないため特にそれを気にすることはなかった。
「変わりはありません。彼の身体に住み着いて天に召される日を待っているというか……」
当たり障りのないことを言ってごまかした。だって着々とセラフィーナを攫う準備を整えている、なんて言えない。
先程のセラフィーナの態度にはもやもやするものがあったけれど、レイヴィンの想いを考えると、二人の駆け落ちを台無しにしてやろうという気持ちにはなれなかった。
それに……レイヴィンの役に立つことが、自分なりの愛情表現なのだと決めたのだから。
「ほう……レイヴィン先生は相変わらずあなたの存在には気付いていない?」
「ええ。だって私はこんなだもの。霊感の強い方にしか見てもらえないのです」
アンジュは少し俯いた。この話を長引かせるのはあまりよくない。嘘が得意でない自分ではそのうちボロがでる可能性があるからだ。
(それに、どうせならこちらの役に立つ情報を引き出せないかしら)
そう思い決意したアンジュは気付かれないように小さく深呼吸をすると、あくまでも自然を装いアレッシュの方を向いて質問した。
「そんなことより、アレッシュさんはこのお城で働いてもう長いんですか?」
「どうでしょうか。何十年も働いている者も多いので、それに比べれば長いとは言えませんが、十数年ほどになりますね」
「え、それって十分長いですよ」
情報を聞き出すつもりが、アンジュは素で驚いてしまった。
アレッシュは口調や雰囲気が落ち着いているので大人びて感じるが、三十代にもなっていないように見えるから。
「もしかして、子供の頃から?」
「そうですね。成人前から城に……というよりは、セラフィーナ様にお仕えしております」
「セラフィーナ様も王族ではないのに、そんな昔からお城に?」
「ええ。彼女は十にも満たない年齢の時から、アーロン殿下の婚約者として囲われてしまいましたから」
なにか事情があるのか、アレッシュは怒りや悲しみというよりも呆れに近い溜息を吐いていた。
「事情は分からないけれど、歌姫様もアレッシュさんも色々と複雑な立場なんですね」
「いえ、わたくしの気苦労などセラフィーナ様に比べれば」
そんな同情した顔をしなくていいと言われた気がした。
確かに亡霊に同情されても困るだろうなと、アンジュも気分を切り替える。
「ところで……そんなに昔からお城にいたなら、こんな噂話を知っていますか?」
「噂、ですか?」
「はい。このお城には、聞いたものを眠りに誘う高価なオルゴールが隠されているんですって」
アレッシュは「はて、オルゴール?」とあまりピンときていないように首を傾げる。
「夜にヒマでお城をぶらぶらしていたらメイドさんたちの色んな話が耳に入ってきて。その不思議なオルゴールの噂が気になったもので」
「ほう、確かにそんなものが本当にあるなら興味深いですね。ただ城には沢山の財宝がありますから。わたくしも全部は把握できませんし。あるのかもしれませんが」
自分は聞いたことがない、とのことだった。
まあそんな簡単に見つかるものではないと覚悟していたので、アンジュはそれほど落胆しなかったのだが。
「ああ、そういえば」
「えっ、なにか心当たりが?」
「いえ、その噂のオルゴールなのかは知りませんが。大分前……今から七年ほど前になるでしょうか。アーロン殿下がセラフィーナ様に贈るのだと、どこからか高価なオルゴールを取り寄せていた気がします」
「っ!?」
まさかこんな簡単に手掛かりを入手できてしまうなんて。
アンジュはすぐさまレイヴィンに伝えなければと立ち上がる。
「おや、どうしたのですか突然」
「そろそろ彼の身体に戻らなければ」
「……レイヴィン先生の身体はそんなに居心地が良いですか?」
「そう、ですね……それにあまりこの状態でいると、この世で魂を維持できないので」
アンジュは適当な言葉を並べながらも、早くレイヴィンに報告したくてうずうずしていた。
役に立てればレイヴィンが喜んでくれるかもしれない。ほんの少しでもあの笑顔をこちらに向けてくれるかもしれないと。
「そうですか……それはわたくしといるよりも、なのですか?」
だからアレッシュが呟くように言ったそんな言葉は耳にも入ってこなかった。
「今日は話し相手になってくれてありがとう」
その時ちょうどノックをしてメイドが書類を持ってやってきた。
急ぎの用だとか、アーロンに関することで会議がどうだとか聞こえてきたが、アンジュはメイドが開けたドアの隙間からするりと抜け出すと、日の光を避けるようにしてレイヴィンの部屋へと足早に戻ったのだった。
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