第7話 ベッドの下に潜んでみたけれど

 レイヴィンの正体を知ってしまった翌日の昼前、祭り開催の花火が何度も上げられる音を聞きながらアンジュは昨日と同じ馬車の中にいた。

 曇り空だったが、それでも念のためレイヴィンの身体の中に入り太陽の光を避けて移動する。


『またお城に向っているんですか?』

 朝方から忙しそうにしていたレイヴィンになにも告げられないまま行くぞと声を掛けられ付いてきたアンジュは、馬車の窓から見える風景を見てそう察した。

『ああ、今日から祭り三日目まで俺は薬師として城に滞在することになった』

 豊漁祭三日目の夜に予定されている、水の精霊に歌を捧げるという大役を担うセラフィーナが万全の態勢で挑めるようにという配慮らしい。


(はぁ……気が重い……)

 またあの歌姫に会うのかと思うと溜息が零れた。正確にはあの歌姫といるレイヴィンを見るのが辛いのだが……。

『まさかお城の方々は、薬師が歌姫様を攫う怪盗だなんて予想だにしてないでしょうね』

『当然だろ。正体がバレるなんてヘマ、この俺がするわけがない』


(はぁ~、レイヴィン様が王子から歌姫様を奪ったりしたら、どうなっちゃうんだろう)

 駆け落ちが成功して、二人が一緒に暮らしだしたりしたら自分の居場所は……

 毎日仲睦まじい二人の様子を見せつけられるんじゃないだろうか。

(うわ~ん、考えたくない~)

 駆け落ちが成功してお役御免になった後の事なんて考えたくなくて、アンジュは鬱々とした気持ちになっていた。




 馬車に揺られ昨日同様念入りな検問を通過し目的の城に到着した頃には、城下町の時計台広場から丁度昼を伝える鐘が響いていた。

 着いてすぐ通されたのは、西棟にある角部屋。今日からこの部屋で寝泊りすることになるそうだ。


 高級感ある調度品が揃えられ、ベッドや長椅子や絨毯などは青色メインで統一された品のいい空間だった。また窓とバルコニーからは、ちょうど紅葉した景色が見ごろの……はずなのだが。


 紅葉を楽しむ間もなく、部屋まで案内してくれたメイドが出てゆくとレイヴィンが最初にしたことは、部屋中のカーテンを閉め切ることだった。

 こうしてようやくアンジュはレイヴィンの身体からでることができるから。


「やっぱり宮殿のお部屋は宿屋の一室とは一味も二味も違いますね」

 身体から離れたアンジュはふよふよと浮かびながら陶器で出来た精霊を模した置物や、金の細工で飾られた鏡台をまじまじと眺める。

 レイヴィンはというとそういったモノに興味を示すことなく、部屋のランプに明かりを灯す。


(今日からレイヴィン様は、本格的に歌姫様を攫う計画を実行するんだろうか)

 まだなにも聞かされていないが、自分は彼の使い魔として拾われた身だ。彼の手となり足となり協力することになるかもしれない……。


「……レイヴィン様」

「なんだ」

「その……」

 本気で駆け落ちするつもりなのか。勇気を振り絞って声をかけたのだが。


 コンコン


 部屋のドアをノックする音がそれを遮る。そしてドアの外からセラフィーナの声がした。

「レイヴィン、私です。セラフィーナです。入ってもよろしいかしら」

「っ!?」

 レイヴィンの返事を聞かずドアノブに手を掛けた気配がしたので、アンジュは慌てて咄嗟に近くにあったベッドの下へと潜り込む。

 霊感体質でなければ普通の人間には見えないとはいえ、念のため。


「まあ、どうしたのですか。昼間だというのにカーテンを閉め切って」

 遠慮なく入ってきたセラフィーナは部屋の薄暗さに驚いたようで、すぐに閉め切られたカーテンへと手を伸ばした。

「待て、セラフィーナ」

 光を浴びることはできないアンジュを気遣ってくれたのか、さっとレイヴィンがセラフィーナの手首を掴み動きを止める。


「俺の持っている薬草の中には、光を浴びるとダメになるモノもあるんだ」

「まあ、そうなの。けれど日中もこんなに暗い部屋で過ごしては気が滅入ってしまいません?」

「全然。それより……喉の調子はどうだ?」

 レイヴィンはセラフィーナの手首を掴んでいた手を滑らせ、そっと指を絡めるように彼女の手に触れた。

 セラフィーナは俯き微かに頬を赤らめながらも嬉しそうに微笑む。


「ええ、順調です。豊漁祭の舞台に間に合いそうで本当によかった。これも全部、良い薬を調合し支えてくださった貴方のおかげよ」

「そうか……それはよかったな」

 微笑み返しながらレイヴィンは自然な仕草でセラフィーナの手の甲に口付ける。

「あぁっ!?」

 それをベッドの下から覗き見していたアンジュは、思わず声を上げ慌てて自分の口を押さえた。


(レイヴィン様からのちゅうっ、う、うらめしや~)


「ひっ!?」

 アンジュはどうせ声も聞こえないと油断していた。だがベッドの下に視線を向けたセラフィーナが小さな悲鳴を上げ目を見開く。


(えっ、私が見えてる?)


 奥へと引っ込んだアンジュも、今確かに彼女と視線が合ってしまった気がして冷や汗を流す。


「レ、レイヴィン……なにか、今ベッドの下に人影が……」

(大変!? セラフィーナ様も霊感をお持ちだったなんて)

 アンジュもベッドの下で慌てたが居るはずのない人影を見てしまったセラフィーナのほうが取り乱しているようだった。


「こんなに薄暗い部屋だ、見間違ったんじゃないか? 人影なんてあるはずない」

「いいえ! 確かに一瞬ですが、見ました。いるはずのない、女性がっ」

 セラフィーナがベッドの下を覗き込もうとする気配を感じ、アンジュはどう逃げようかと身体を縮こませ思案していたが。


「落ち着け、セラフィーナ」

 セラフィーナがベッドの下を覗き込む前に、レイヴィンが彼女の視界を塞ぐように抱き締める。


(そ、そんな所見せつけないでください……)


 ベッドの下から顔を出したアンジュが物言いたげに二人を見上げると。


 ――今の隙に別の場所に隠れろ。


 彼女を抱き締めたままこちらを見て、レイヴィンは口の動きだけでそう告げていた。

 アンジュは言われたとおりベッドの下から出て、どこに隠れようかと辺りを見渡す。

 その間も、怯えて肩を震わせるセラフィーナの背を優しく撫でるレイヴィンの姿が視界に入ってくる。


「私、確かに見たのです。怖い、怖いわ」

「大丈夫、気のせいだ。それに、なにがあってもセラフィーナのことは俺が守るから。なにも心配しなくていい」

「レイヴィン……」

 いくらか落ち着きを取り戻したセラフィーナは、そのまま大人しく彼に抱き締められていた。


(レイヴィン様……大切な人にはそんなに優しい声で語りかけるのね……)


 なんだか部屋に居づらい雰囲気が漂い、アンジュはセラフィーナがこちらに気付いていないうちにと、少しだけ開いていたドアの隙間から音を立てずに出て行ったのだった。

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