第6話 一筋縄ではいかない片思い

 無我夢中でアレッシュを撒いたアンジュは一安心して肩を撫でおろしていた。

 随分と会場から離れてしまったようで、すっかりパーティの喧噪も聞こえないそこは薔薇のトンネルに噴水がある中庭で……


「あら? ここって……」


 昨日初めてレイヴィンと出会った場所だった。

 あの時は色々と舞い上がっており気付けなかったが、どうやらここは城の敷地内らしい。


(じゃあ、私ってお城に住みつく亡霊だったの?)


 生前の記憶がまったくないのでいまいちピンとこないのだが……


 せっかくなのでなにか思い出せる手掛かりはないか探してみたい気持ちもあったが、また昨夜のように死者の魂を狙う魔物が現れたら困るので、ここは一先ず会場に戻ることにした……のだけれど。

 ここで新たな問題に気づき青ざめる。


「あら……会場への帰り道が、ワカラナイ」


 あれほど俺の身体から離れるなと念を押されていたというのに、レイヴィンに大目玉をくらうんじゃないかと思うとサーッと血の気が引いてゆく。


「で、でもでも、もとはといえばレイヴィン様が歌姫様を口説いたりするから……」

 あの時の情景が蘇りやさぐれたい気持ちになったけれど、冷静に考えると自分が二人の関係をとやかく言える筋合いはない。

 というか今更だが、もしかしてすでに死んでいる自分がどうがんばってもこの恋は叶うわけないんじゃないだろうか。


「なんで、今まで気付かなかったんだろう……私の人生はもう終わりを迎えているのに……」

 自分にはもう、未来がない。

 透けている両手を眺めながら、呆然とそんな現実に気づき打ちひしがれていると。


「おい。そこの亡霊」

「ひゃい!?」


 突然現れた背後からの気配に身を竦める。

 振り向くとそこには、やはりお冠の様子のレイヴィンがいた。


「俺はここに来る時なんて言った?」

「絶対身体から出るなって……」

「で?」

(ひ~、絶対怒ってらっしゃる~)

 これはアレッシュに姿を見られ追われて逃げたなんて口が裂けても言っちゃいけないと思った。

 だが言い訳の言葉を捻り出そうと頑張ってみたが、上手い言葉が浮かんでこない。


 なにを言われるだろうとビクビク様子を伺うアンジュだったが。

「……はぁ、無事ならいい。帰るぞ」

「え?」

 それだけ言うとレイヴィンは背を向け歩き出してしまった。

「お待ちください~」

 アンジュも慌ててその背を追ったのだった。



◆◆◆◆◆



 馬車に揺られ滞在中の宿屋へ戻る道中。

 約束を破り身体から離れたアンジュをやはり怒っているのか、レイヴィンはずっと無言のままだった。

 脚を組み、頬杖を付きながら物思いに耽るように窓の外を流れる景色を眺めている。


 アンジュはというと馬車の中は二人だけの密室なので隠れる必要もなく、レイヴィンの隣に大人しく腰を下ろしたまま彼の様子を伺っていた。

「あ、あの。パーティーは、まだ途中のようでしたがよかったのですか?」

「ああ……目的は果たした」


「目的……それって、あの歌姫様にお会いするため、だったりとか?」

 恐る恐るそう尋ねてみるとレイヴィンは視線を窓の外に向けたまま、しれっとした態度で答える。

「ああ」

 ずーんと胸が石でも乗せられたように重くなった。


「き、キレイな方でしたものね……とっても」

 普通に振舞おうと強がってみたが、アンジュはあまりポーカーフェイスが得意ではないため、あきらかに顔も声も引き攣ってしまう。


 すると今まで興味なさそうに外を眺めていたレイヴィンが、アンジュの方を急に向いた。

 やっと自分の方を見てくれて、視線が合った瞬間にアンジュは心臓が飛び跳ねる程嬉しかった……のに。


「上玉だろ、俺の宝物は」

「れ、レイヴィン様の宝物って、ゴホッ、ケホッ!?」

 むせ返る程の動揺を見せたアンジュが面白かったのか、レイヴィンはずっと不機嫌だったしかめっ面から一転、意地悪な笑みを浮かべた。


「なに慌ててるんだよ」

「だって、だって、あの方はアーロン王子のフィアンセでっ」

 それを俺の女みたいな言い方で。誰かに聞かれでもしたら即断罪されるような発言なのに、レイヴィンは堂々としていた。


「……あいにく、まだ完全に俺のモノではないけどな」

 だがやはりなにか思うところはあるのか、レイヴィンは目を伏せそう呟く。

 僅かに切なげなその表情を見て、アンジュの胸まで締め付けられたのだけれど。

「それはセラフィーナ様が王子のフィアンセだからですか? それともレイヴィン様、片想い中なの?」

 レイヴィンの片眉がピクリと吊り上げられた。もしかして『片想い』は禁句だったのだろうか。


「誰が片想いだって?」

「ひゃっ!?」

 ドンッと馬車の壁に片手をつき、レイヴィンはアンジュの顔を至近距離で睨む。

「今に見てろ……俺は狙ったモノは逃さない。絶対に」

 熱っぽい眼差しに射抜かれて、アンジュの心まできゅっと切なく熱を持つ。

 自分が口説かれているわけじゃないのに。ぶつけられた想いは、他の女性へのモノなのに。こちらの心まで揺さぶられた。

 この人に奪われるあの人は、なんて幸せ者なのだろうと。


(他の女性への愛の告白を聞いてドキドキしてしまうなんて……なんて私は愚かなんだろう)


 これ以上好きになっても無駄なのに。

 誰もが見惚れる歌姫と亡霊の自分では、恋敵にすらなれない。

 死んでいる自分には、未来すらないのだから。


(死んでから恋をするなんて、バカみたい……)


「セラフィーナを攫うと決めたんだ。王子の手からもこの国からも、な」

「攫うなんて、そんな盗人みたいなことして大丈夫なんですか?」

 捕まったらただじゃ済まない重罪人だ。危険な事はしてほしくないとアンジュは思った。

 けれどレイヴィンはニヤリと口の端を釣り上げる。


「盗人上等。俺の本職は怪盗だ」


 アンジュはきょとんと目を瞬かせる。

「え? レイヴィン様は薬師って」

「あれは周りを油断させて城に忍び込むための仮の姿だ。まあ、毒薬等の知識はそこらへんにいる薬師より詳しいが」


「そ、そんなことって……」

 アンジュはわなわなと震えていた。

 王子様から歌姫を攫うだなんて笑えない冗談だと思っていたけれど、この男は本気なのだ。

「今更逃げるなんて言わないよな。お前には最後まで付き合ってもらうぞ」

「それって、お二人の駆け落ちの手伝いを……?」



 その後、レイヴィンが大陸中を騒がす怪盗で、懸賞金は小さな国一つ買える程の額が付いていると知って、ああ、とんでもない人を好きになってしまったのだなと、まるで他人事のようにアンジュは思った。

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