第4話 追憶

「おい、ドレッジ・バァントさんも物思いに更けるんだな」


気が付いたら幌馬車に乗っていた。大魔術師のバドックは突然私の顔を覗き込みそう言った。近づいてきた顔を押し戻し


 「寄るな、馬鹿にしているのか、酒飲みが!!」


 「…話さなければ可愛いねーちゃんなのになぁ…」


 「何か言ったか、女ったらしが!」



こんな普通の話も出来るようになった自分自身が一番驚いていた。三年前のことが未だに昨日、いや、つい数時間前のように思えるのに……


「いい加減にしろよ、バドック 彼女が嫌がっているのが判らないのか?」


「稀代の伊達男の本領発揮か リンクスくん」



こんな男二人の掛け合いにもだいぶ慣れてきた。エルロットルである伝説の剣士、リンクスはキルド王国の女子はほとんどがファンというモテモテ伊達男だ。確かに美男子で剣の腕の超一流ときている。それはモテるに違いない。そして、このキルド王国、王立剣士団

その中でも三強の名を欲しいままにしている。



「そんなことはないさ、僕はこの大陸一の美剣士ってだけだよ!」


自分でも公言してしまうくらいだ。私の話をじっくり聞いているのはレッズとキャンデばあさんくらいのようだ。急に選ばれし者、バースであるレッズは口を開いた。



「僕はシルは正しかったと思うよ。

その時はオドリーを倒すしか方法がなかったんでしょ」


「そう思う理由はなんじゃ」

「そうね、知りたい気もするわ」


「ただ、なんとなーく…そういう気がする。仕方ないじゃないか。倒したくもないのにそうしなければいけない。選択肢は無かったんじゃないかなと思うんだ」


「なんとなくって……でも、それが一番近い答えかもしれない…」


「そうじゃ。気持ちが事実よりも大事な事だってあるじゃろな。それが一番だな」


キャンデもそういった。



そう、私には選択肢などなかった。あのときに倒していなければ…そう考えるとあの時はそれしか方法がなかったのだ。









 街は人々の声で揺れていた。



繰り返されるその言葉。



『ロトピアール、ディメールハッダ、シュメル・ブァス!ロテネシュメラス・ディノ・ダッツ・ダッツ・ライトデン・イグ・ノース!!』

『おぉ、戦士よ、悪しきものを罰せよ。悪を駆逐せよ!ロテネの加護が有らんことを 悪を (聖なる力で) 滅しよ、滅しよ!!』 と何度も




わずかの間だが、時が止まったのではないかと思えた。しかし、そんな筈はなく…

多少たじろいた表情も僅かにオドリーが見せたがすぐにこう言い放った。



再び数度、剣を交えた。



「ふーん、こんな小芝居でどうなるというの。私の方が力もスピードも勝っている。」



確かに、オドリーの言う通りだった。

素早さも、パワーも彼女の方が僅かだが上回っていた。このままでは勝ち目などなかった。

まさに絶体絶命。私は怒りと頭の混乱に打ち負かされて居た。




そんな時、ある人物の言葉を思い出していた。


"「シルよ。聞くだ。ソナタの心の奥底は今、劫火に包まれている。その内なる声に耳を貸しては決してならぬ。よく聞くのだ。本当の声を、鍵はソナタが持っている。澄んだ水ガメの奥底にある…そうでなければソナタは紅蓮の焔で己の身を焼き、その手を自身の血で染めるだろう」" という言葉を…



あのドファンス三姉妹の末っ子、「レプノス・サムタリアオ」……とはい言っても齢「371歳」なのだが。



頭の中にある霧が晴れたようだった。

冷静さ、それが失われるのはこんなにも恐ろしいことだ。こんなにも簡単な事を忘れていた。

彼女にあって私にないもの。シルにあって彼女にないもの  それが重要だった。



「はっはっはっはっ、」



思わず笑ってしまった。どうやら立場が逆転したようだ。



「何がおかしいの!」


オドリーの方がそう言った。





すでに知っていたのだ。倒す方法を…



オドリーは確かに強いし、私よりも素早い。しかし、それをいいことに剣の腕を磨くのを怠っていた。それが私にはあって彼女にはないことだ。つまりはテクニックでは私の方が上だ。勝機が見えてきた。


彼女の太刀筋には特長があった。

だだ、力まかせにその大きな剣を振るっていた。それは諸刃の刃だ。攻撃力は高いが、隙が必ず生まれる。さらに剣を交える。 やはりだ。



パターンが読めた。 単純な太刀筋だった。 まず、一に右上段の斬り込み、二に左下段への斬撃、三に右中段の突き、四に左中段の斬撃、五に右周りの振り下ろしだ。隙は4撃目と5撃目の間にだけ生まれた。チャンスはこの一回だけ…。そこにすべてを賭けるしかなかった。



「オドリー、私は決して負けない。そして、お前を斬る!!」



シルの突然宣言に



「何の根拠があって…無意味な事は言わないことね」


とオドリーはせせら笑った。




だが、根拠はあった。


間合いも十分だった。両者ともに10歩といったところだ。私は走り出していた。

あと、9歩、8歩、7歩・・・・間合いは次第にゼロへと近づいていった。 そして、 あと1歩、ついに0歩 !!


  1撃目を躱し、2撃、まだだ…。


3撃っっーーもう少し、 4撃目  今だ!



私は快心の一撃を右わき腹下の肋骨へ向けた。



意外だった。 私の刃は 彼女を捉えていた。確かに、手ごたえが鈍い感触があった。

その時、私の頬を暖かいものが流れた。短剣は横腹から入り肺を貫き心臓まで達していた。



「ナゼ、避けなかったの?」



そう、オドリーならば避けられた筈だ、なのに躱そうとはしなかった。



「これでよかったの これで」



漆黒の血を吐きながら妹はそう言った。



「そんなのいけない」



オドリーは振り絞るように


「敵に慈悲は無用・よ。特に、ア・ク・ニ・ワ…」



私はありったけの力で振り切った。




刹那 彼女の躰は上半身が横から心臓ごと真っ二つに引き裂かれ力なく石畳に崩れ落ちた。そう、妹は死んだのだ。私の手によって…



最後に口が数度、動いた。


私には 『ありがとう』 と言っているように見えた。


彼女も終わらせたかったのだろう。こんなひどい日々を。



死に顔は穏やかだった。私はひどい姉だ。こんなことでしか妹を救えなかったのだから…


だから、最後に一つだけは守りたかった。



「死体は戦利品として貰い受ける。いいな!」と


こんなことしか出来なかった。




遺体を担ぎ上げ城塞都市の石壁を飛び越えて行った。もちろん、妹を葬るために……


他の誰かに妹をこれ以上汚れさせないために……



唯一の償いは 「彼女の分まで一生懸命、生きること」 だけだと



そして、今は……


それは酷く空虚な感覚に近かった。だが、今はそんな中でもなぜか悲しくは無かった。それは仲間と呼べるものが居るからなのかもしれない。今この胸にあるのは徐々に何かが満たされていくそんな感覚だった。

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