予兆。10

「戻ったぞ、奈々絵」

 急に玄関のドアが開いたと思ったら、爽月さんがそんなことを言ってダイニングに入ってきた。

 どうやら本当にどこかで時間を潰していただけみたいだ。……よかった。爽月さんを傷つけてしまったかと思ったから。


《奈々、大変だ!あづと連絡が取れなくなった!》


 潤がLINE通話でそんなことを言ってきたのは、その日の十五時頃だった。

 その時、俺は高校の編入試験を受けるために、ダイニングで爽月さんから勉強を教わっていた。どうやら病気のことがあるからただの編入ではないとはいえ、授業についていけるかを確かめるためにも試験は受けなきゃいけないらしい。

「は? 連絡が取れなくなったって、一体何があったんだ?」

《分かんねぇよ!とにかく今朝の八時くらいからずっとLINEも既読になんないし、通話にも出ないんだよ!》

 八時?

 それって、あづが俺とわかれてから三十分くらいの時間じゃないか?

 ――まさか、スマフォ奪われて監禁でもされたのか?

 家に帰って、早々に。

 いや、流石に穂稀先生はそこまでする人じゃ……ないって、言いきれるのか?

 仮にだが、穂稀先生の仕事が休みで、何かいざこざがあってあづに虐待をしてスマホを没収したんだとしたら、かなりマズくないか?

 冷や汗が頬を伝う。早く見つけないと手遅れになるんじゃ……。

「奈々絵、落ち着け。とりあえずあづが家にいなかったかどうか確認しろ」

 爽月さんが俺の肩を触って言ってくる。触られた肩が、小刻みに震えていた。

「潤、あづの家にはいったのか?」

 俺は爽月さんの言葉に頷いてから、潤に尋ねた。

《……いや。俺、あいつの家知らないんだよ。あいつ家で遊ぶってなったら、絶対自分の家はダメって言う奴だから》

 家に入れたら虐待がバレるからか。


《ん? 恵美から俺らに電話きてないか? もしかしたらあづのことかも!》

 恵美が俺と潤と自分のLINEのグループを作ったみたいで、そこから電話が来ていた。

「え? 潤、恵美と一緒じゃないのか?」

《ああ。あいつ今日、女友達と遊ぶって言ってたから》

「そうか。潤、一旦切るぞ」

《了解!》

「《恵美どうした?》」

 通話に出た俺と潤の声が被った。

《あたし、やばいもの見ちゃった。……あづがコンビニの駐車場に座り込んで、煙草吸って、お酒飲んでた。ピアスとかジャジャら付けてるガラの悪い子達と一緒に》

「……え、それ、本当なのか?」

 信じられなくて思わずそう尋ねてしまった。あづは確かにちょっと喧嘩が好きなところはあるけど、そんなことをする奴じゃないハズだ。

《嘘なわけないじゃん!ちゃんとこの目で見たんだから!でもあづいつもと様子違ったから、もしかしたら見間違いの可能性もあるかも。あづ、パーカーのフードで顔隠してたの。青髪が見えたし、背丈もあづと同じくらいで、たぶん制服も同じ学校のだったから、間違いないと思うけど》

《……恵美、あづのそばにいた奴の中に、金髪で、両耳にピアスをつけてる奴がいなかったか?》

《いたよ!両耳と舌にピアスつけてる金髪の子!》

《……怜央だ。あいつ、まだあづを不良の道に引きずり込もうとしてんのか》

「怜央? ……もしかして、あづが荒れた時につるんでた奴か? 」

《話が早いな、奈々。恵美、あづがいたコンビニの場所どこだ?》

ひづめ町一丁目だよ!》

「じゃあそのコンビニのそばで落ち合おう。着いたら連絡する」

 まだそこにいるといいんだけど。

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