予兆。9

「奈々、持ってきたぞ」

 あづがタオルを腕にかけた状態で戻ってきて、俺に水の入ったコップと薬を差し出してくる。

「……悪い」

 俺はコップを右手で受け取って床の濡れてないとこに置いてから、薬をまた右手で受け取って、口の中に入れた。

 右手でコップを摑んで薬を水と一緒に飲み込んでいると、あづから視線を感じた。

「奈々、左手使わないのか?」

 あづが首を傾げて聞いてくる。

「き、急に何言ってんだ?」

 冷や汗をかいた。

 マズい。麻痺がバレたのか?

「だってさっきわざわざコップ床に置いてたから、何で両手使わないのかと思って」

「……たまたまだよ」

「ふーん?」

 そういうと、あづは俺から目を逸らして、手に持っていたタオルで床を拭き始めた。

「……俺、割れたコップ片付けないとだし、新聞紙取ってくる」

 俺は立ち上がるとあづの横を通り過ぎて玄関に行き、外のポストにある新聞紙を取りに行った。

「はぁ……」

 危ない。

 本当に焦った。

 麻痺がバレてなくて、本当に良かった。

 俺はポストから新聞紙をとると、辺りを見回した。

 爽月さんがいない。

 どこかで時間つぶしでもしているのだろうか。

 まぁ、連絡したら戻ってくるか。

「奈々ー、新聞届いてた?」

 あづが家のドアを開けて、俺に声をかけて来る。

「ああ、届いてた。物置からほうきとちりとりとってくるから、ちょっと待ってて」

「ん」

「よし! 片付いたな!」

 十分くらいで床が片付くと、あづは笑って言った。

「……ああ。手伝ってくれてありがとう。あづがいてよかった」

「べ、別に。礼なんて言わなくていい」

 俺は笑って、頬を赤くしているあづの頭を撫でた。



「あづさ、今日の昼と夜ご飯どうすんの? 朝ごはんは食ってくとして」

「え、飯食ってっていいのか?」

「ああ。食パンとハムエッグくらいしかないけど、それでもよければ」

 作ったの俺じゃなくて爽月さんだけどな。

「全然いい!ありがと!」

 そういって、あづは歯を出して笑った。……素直だな。

「ああ。それで、昼と夜は?」

「んー、まぁどうにかするよ。母親にお金もらって」

「貰えるのか?」

「……うん、へーき」

 明らかな間があった。それに、目を逸らされた。

 でも、ここで聞き返して本当かどうか確かめようとしたところで、ちゃんと答えてくれるのか?

 あづが自分から言うようにならなきゃ、意味がない。

「……そっか。飯食いにダイニングいくか」

「おう!」

 あづは笑って、ダイニングに向かう俺の後をついてきた。


**


 朝ごはんを食べ終わると、あづは学校があるから、家に帰ると言った。

「奈々、泊めてくれてありがとな。服はそのうち洗って返すから」

 玄関にいるあづが俺を見ながら言う。

「ああ。また来いよ。あづだったら、いつでも泊めてやるから」

「……うん、ありがと。またな」

 そういうと、あづは笑って家に帰って行った。


 俺は爽月さんにあづが帰ったのを連絡をしたあと、ダイニングのソファの上で頭をひねった。


 これでよかったんだろうか。

 あんなやすやすと帰してよかったのか?

 いつもよりは明らかに元気がなかったのに。


「でも、帰さなかったところでなんだよな」


  帰さなければ家のことを話してくれるわけでもないだろうし、しょうがないよな。


「はぁ」


 やっぱり爽月さんにも言われたけど、もっと遊んで、心開かせないとだよな。でないと、手遅れになってしまう。

 俺はぎゅっと拳を握りしめた。

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