予兆。4

「爽月さん、爽月さん」

「ん?」

俺が声をかけると、ベッドの上にいた爽月さんは目をこすりながら、ゆっくりと開けた。

「すみません、寝ようとしたばっかの時に申し訳ないんですけど、起きてくれますか? あづが家来たので、布団用意しなくちゃいけなくて。手伝ってくれますか?」

「わかった。手伝う」

 髪をいじりながら、眠そうに欠伸をして爽月さんはいう。

 俺達は二人で、姉の部屋にある布団をとりにいった。

「……なんでこんな夜中に?」

 敷布団を掴んで、爽月さんは首を傾げる。

「小遣いつきて、飯買えなかったらしいです」

「母親は?」

「……作ってくれたことがないみたいです」

 右手で掛け布団を掴んで、俺は言う。

 あづは中学の時から母親がくれる小遣いで飯を買ってるって言ってたから、飯を作ってもらう機会が少ないのはわかるけど、まさか作ってもらったことがないなんて本当に予想外だ。

 医者でも休日くらいあるはずなのに食事の一つも作ってもらえないなんて辛すぎるだろ。

「は? マジで?」

 目を見開いて、爽月さんは尋ねる。

「いうつもりじゃなかったみたいで、なんでもないってすぐに言ってましたけど、本当かと思います」

「マジか……。それで? お前はどうすんの?」

「……ぶち壊します、そんな日々」

「よろしい」

 そういい、俺の頭を撫でて爽月さんは陽気に笑った。


 俺は爽月さんと一緒に姉の布団を自分の部屋に持っていくと、あづの着替えを用意するために、タンスを開けた。

「あづと奈々絵って服のサイズ同じなのか?」

 姉の布団の上に座り込んでいる爽月さんが、首を傾げて聞いてくる。

「……同じですね。アイツ細いんで」

 俺はあづのための下着とジャージをタンスから出しながらいう。

「奈々絵よりは太ってるよな?」

「はい。さすがに俺よりは太ってると思います。でもたぶん、二、三キロしか変わんないですよ」

「……ふーん。確かに会った時からちょっと細い感じはしてたけど、そんなになんだな。病弱のお前と体重がそんなに変わらないって、だいぶやばくないか?」

 爽月さんが眉間に皺を寄せて言う。

「……そうなんですよね。俺、アイツを太らせたいです。アイツがどこまで乗り気になってくれるか、わかんないですけど」

「案外乗り気になるんじゃね? 虐待されてたなら、クレープとかパフェとかピザとかケーキとかそういうのあんま食べたことないだろうし、食いに行こうって誘ったら、のってくれんじゃね?」

「……そうかもしれませんね。誘ってみます」

「おう!」


「ななー! 服貸して! あと、バスタオル欲しい!」

 お風呂場の方から、あづの声が聞こえてきた。

 俺は慌てて着替えを持って部屋を出て、バスタオルを用意してから、風呂場に隣接してる洗面所に行った。

 洗面所は入り口のドアを開けてすぐのところに流しがあって、その隣に洗濯機があって、洗面所の真下にドライヤーやヘアアイロンが入ったカゴと、石鹸やシャンプーや、洗濯洗剤などが入ったカゴが横並びで置かれている。

「あづ、着替えとバスタオル持ってきたぞ」

 俺は洗濯機のそばのドアを開けたとこにある風呂場の方に身体を向けていった。

「ん、ありがと」

 あづは礼をいったが、ドアを開けてバスタオルを受け取ろうとはしなかった。

 虐待の傷を見られたくないから、そうしたんだろうな。

「洗濯機の上置いておくな」

「ああ」

 俺は洗濯機の上に着替えとバスタオルを置いてから、洗面所を後にした。

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