××たい。2

「うわっ!?」

 俺は草加の手を振り払い、逃げようとした。だが、草加に足をかけられ、盛大に転んだ。

「おい、誰が逃げていいって言ったんだよ。まだ上が終わってないだろうが。黙って従えよ。そしたらその分佐藤も早く制服が着られんだから。人助けだと思って頑張れよ」

 何もかも狂っている。

 つまり草加は、俺と佐藤の服を取り換えようとしているのだ。

 いじめにしたって限度がある。


「……あんたが、履け」

 掠れた声で言う。

「は?」

 俺は草加の足を掴んだ。両手で草加の足を引っ張る。机の上に座っていた草加は、床に尻餅をつく。

「痛っ!」

 草加は苦痛に顔をゆがめる。

「草加! 大丈夫か。立てるか?」

 蘭は片手を差し出し、草加を立ち上がらせる。その隙を見て俺は立ち上がり、廊下に飛び出した。


 一つ下の階に降りて、辺りを見回す。五年二組の教室の向かい側に、空き教室があった。俺は中に人がいないのを窓を見て確認してから、そこに入る。

「はぁっ、はぁっ……」

 床に座って、息を整えながらうち履きと靴下を脱いだ。

「痛っ!」

 両足が血で真っ赤に染まっていた。顔をしかめながらYシャツのポケットからハンカチを取り出し、血を拭う。こんなの気休めにしかならないけど。


「奈々絵ーどこ? 奈々絵ー?」


 涙を拭っていたら、廊下から姉の紫苑の声が聞こえた。俺は窓を見上げた。すると廊下では、姉が俺を呼びながら歩いていた。よく見ると、俺の制服のズボンを持っている。姉の数歩後ろに佐藤もいた。きっと彼女かその友達が中等部に行って姉に言ってくれたのだろう。スカートを掃いてるのを見られるのが嫌だった俺は、ドアを叩いているのを教えた。

「奈々絵! 無事でよかった!」

 ドアを開けて中に入ると、姉は血まみれの俺を抱きしめた。

「姉ちゃん……うっ、うああぁぁっ!」

 涙が堰切ったように溢れ出す。怖かった。怖すぎたんだ。生きていけないと思った。地獄に突き落とされた気がした。姉が来てくれて、本当によかった。

「赤羽くん、大丈夫? 着替えられる?」

 泣き止んだところで、佐藤が控えめに声をかけてくる。

「ああ、着替えるよ。巻き込んでごめんな佐藤」

「ううん、いいよ。大丈夫。草加達が悪いし」

 首を振って佐藤は言った。

「じゃあはい!」

 俺にズボンを渡して、姉と佐藤は後ろを向く。直ぐにズボンに履き替え、スカートを佐藤に渡した。それから俺は後ろを向いて、佐藤が着替え終わるのを待った。

「もうこっち向いて大丈夫だよ」

「ああ」

 佐藤にいわれ、俺は振り向く。

「奈々絵これからどうする? 保健室行ったらすぐ帰る?」

 姉が首を傾げて言う。

「うん、帰りたい」

「私も帰ろうかな」

「じゃあ二人で帰ったら? スクバは今から私が持ってくるから! 佐藤さん席何処? 奈々絵は一列目の一番前だよね?」

 俺は何も言わずに頷く。まだ席は出席番号順なんだ。

「右から二列目の一番後ろです」

「おっけー! すぐに取ってくる! 待ってて!」

 姉は急いで俺達の教室に向かった。

 それから姉は二分くらいでスクバを持ってきて、直ぐに中等部に戻ってしまった。

 保健室で足の応急処置をしてもらってから、俺は佐藤と一緒に帰った。

「……紫苑先輩っていいお姉さんだよね」

「ああ、すげぇいい姉さんだよ」

 佐藤の声に俺は笑って頷いた。

 姉はいつも俺を助けてくれる。教室に乗り込んできて草加に思いっきり説教をしてくれたり、俺が泣いていたら笑って励ましてくれる俺のヒーロみたいな人なんだ。俺はそんな姉を、本当に大切に想っていた。


 それなのに……。

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