一章 × × たい。

××たい。1

 新学期になったばかりの春。

「アハハ!! 死ーね、死ーね!」

 耳元でささやかれたその声が、俺の胸をぎゅっと締め付けた。

「なぁ、奈々絵、お前これ履けよ。こいつより似合うんじゃねぇの?」

 スカートを俺の前に投げ捨て、草加は言う。

「返しなさいよ!!」

 体操着のズボンを履いている佐藤が涙目でそう言っているのを見て、少し申し訳ない気持ちになった。

 ここは公立の小学校の四階の隅にある教室だ。窓にはカーテンがかかっている。故に佐藤を助けられるのなんて、せいぜい廊下にいる人間しかいない。もちろん、俺を助けられるのもだ。

 それに、今は十分休みで廊下に出てる奴も少ないから、俺と佐藤は誰にも助けてもらえない。


「おい、奈々絵」

 赤羽奈々絵なんて名前、大抵の奴が女だと思う。俺はこの名前も自分の容姿も嫌いだ。

 女みたいに長い、七ミリあるまつげ。細い小五の平均体重より十キロは軽い身体。百四十くらいの身長。本当になんでこんな気持ち悪い身体で生まれたのか。神様は最低だ。

 俺は元々人付き合いが得意な方ではなくて、クラスに一週間たっても馴染めなかった。それが気にくわなかった草加達に目をつけられ、毎日いじめられている。もういじめられてから一週間は過ぎた。

「無視してんじゃねえよ、履けよ。でないと、口にスカート突っ込むぞ」

 床に投げ出されているスカートを掴んで、草加は言う。

 女っぽい名前と容姿だからって恐ろしすぎる脅しだ。質が悪い。

「「「「はーけ!はーけ!」」」

 俺と佐藤の周りを取り囲んでいた男達が、一斉に声をあげた。草加の取り巻きだ。ざっと五人くらいはいる。

「痛っ?」

 取り巻きのうちの一人が、左手で俺のズボンを引っ張る。もう片方の手でベルトを外し、ニィっと悪魔のような笑みを零す。思わず寒気が走った。

「アハハ!! おい蘭、流石にそれはひでぇんじゃねぇの?」

 草加が声を上げて笑った。哀れみに満ちたような、ひどい笑い方だ。

「だってこれじゃあ、拉致が明かねぇだろ。お前らも手伝えよ。逃げられねぇよう、足でも踏んどけ」

「痛っ!!」

 両足を掴まれ上履きを脱がされる。靴下の上から、足にカッターを刺された。踏むのと痛みが雲泥の差だ。

 羞恥心と辛さと痛みでどうにかなりそうだ。思わず涙が零れる。

「うわっ、こいつ泣いてんだけど。まじ女子なんじゃねぇの?」

「草加、それじゃあ女はみんな泣き虫だと思ってるみたいに聞こえるぞ」

 蘭が呆れたように言う。

「えー泣き虫っしょ。佐藤だってたかがスカートで泣いてるし」

 お前らの基準が狂っていると毒づきたくなった。

 ズボン脱がされそうになって泣くなって、大抵の男が無理だろ。スカートもそうだ。ノリでされたにしたって辛い。酷いにも程がある。

「草加、カッター抜け。ズボン脱がす」

 足首まで刷り降ろされた俺のズボンを見ながら、蘭は言う。

「はいはい」

「痛っ!!」

 抜かれた二本のカッターから、血がポタポタと垂れていた。床も俺の血でかなり赤く染まっている。

 ――悪魔だ。非情にもほどがある。最低だ、この二人。この光景を笑いながら見てる取り巻きの奴らも。

「じゃあ履かせちゃいますかー?」

 草加の声に頷き、蘭は俺からズボンを完全に脱がせた。

 スカートに俺の足を片足ずづ入れて、草加は笑う。

「やめろっ!!」

 掠れた弱々しい声が漏れた。

「黙れよ。でないと、ズボン捨てるぞ」

 完全に脅しだった。

「じゃ、いきまーす!」

 スカートのチャックを上まで上げて、草加は俺の背中を叩いた。

「お前、マジで女子じゃん!」

 本当に狂っている。

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