紗代子 焦り

 唇をすぼませ、テーブルに片肘をつく。見下みくだされているような、今の和幸との関係を面白がられているような。意外いがいだと言いたげに、ふっと笑って人をめるように見てくる。

 

「何ですか?」

「なんでもない。それで相手の女、その女に会ったのね。どんな女だったの」

 

 どんな女。明奈にかれて、あの小生意気な美月の顔が目の前に浮かんだ。

 何処どこにでもいるような冴えない子。可もなく不可もなく、女としての魅力の欠片もない。自分磨きの努力もしなさそうな女。私が一番嫌いなタイプ。そして、人の所有物を横取りするようないやらしい女。

 思い出せは思い出すほど、あの晩の美月の顔が鮮明に蘇る。和幸をかばいながら私に挑戦的な態度を示した。和幸も私じゃなく美月の後を追ったこと。和幸がいまだ美月と私の間で、気持ちが揺れ動いてること。整理がついていた気持ちに、また苛立ちという波紋が広がる。

 食べかけていた料理から目線を外すと、明奈が私の返答を今か今かと待っていた。

 この母は、娘の災難や徒労とろうを喜ぶところがある。私が悩むことを、生きる楽しみのひとつと考えている。だから、今の私は母の興味の的でしかない。和幸に女をつくられた私を楽しんでるのだから。

 

「いやよ」 

 

 明奈が目を瞬かせた。

 

「話したくない」

「あら、そこまで話して教えてくれないの?」

 

「つまらない子」と、明奈はそっぽを向いた。皿の横に置かれたフォークを手に取って、クルクルと回す。「お父さん、ね」と呟くと、料理にフォークを突き立てた。

 

「和幸さんと別れて、貴女に帰って来てもらいたいみたいよ」

 

 気持ちの籠ってない口調。ストンと感情が抜け落ちた明奈が、料理を頬張ほおばる。それに、そうなのと相槌を打って外を眺めた。

 今日、此処に呼び出された用件は、きっと、この話だ。そうすると、もう明奈と話すことは何もなくなった。

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