紗代子 不協和音
どれくらい深く刺さってしまったのか。一呼吸おいた和幸がシンクに手をつき、片足で立ちで立ち上がった。冷蔵庫に
大の大人なんだし——。
足は玄関へと向いた。
——そんな怪我ぐらい和幸自身で手当出来るだろう。
和幸は巻いた包帯を取り、もう一度巻き直したりと。
まったく、見ていられない。
背後に立ち
足の裏で一番柔らかく皮膚の薄い部分だ。けっこう深くガラスが食い込んだのかもしれない。
「血、止まらないじゃない。病院に行ったら」
和幸が包帯を外すと、真っ赤に染まったガーゼが顔を出した。張り付いてるガーゼを
「ねえ、大丈夫なの?」
替えのガーゼを取り出そうとした和幸が、袋の中を見て仕方なさそうにに包帯を折りたたみ傷口に当てた。
「どうしたの。取り替えないの」
袋を手にとって中を確認する。予備のガーゼがない。
さっきから、この人の頭しか見てない。一度でも顔を上げてくれないのね。
まあ驚きはしない。今までも、そうだったじゃない。
踵を返して玄関に向かった。途中、足元に丸く小さな血痕が目に入った。キッチンペーパーで血を拭ったが、固まってしまった血の輪郭だけが床に残った。
このまま行ってしまったら後味悪い。気になって仕方がないじゃない。タオルを濡らし、和幸に差し出した。
「これで手を拭いたら。早くしないと爪の中の血、取れにくくなるわよ」
目の前に差し出されたタオル。無言のまま和幸は受け取った。当たり前の光景、これが我が家の日常だ。
「紗代子」
和幸が腕を
「何よ、放して」
振り払おうとした手を和幸は遠慮がちに、私の顔色を
「ちょっ……、やめてよ」
「……傷は、そんなに深くない。すぐに止まる。だから——」
どこにも行くな。和幸の眼が、そう言っていた。
降っていた雨はいつの間にか止んで、柔らかな一筋の光が雨雲の間から差し込んできた。空気中に漂う浮遊塵が陽の光の中で舞う。
息が詰まりそうになる。あの女のことも浩介のことも、頭から離れそうになる。そんな目で私を見ないでほしい。忘れるなんて無理なはなしだ。
和幸の手が私の体を引き寄せた。拒めない。そう思った時、和幸の胸元の携帯電話が鳴った。
携帯の画面を見て唇を噛む和幸に、一気に目が覚めた。
電話に出ることもなく、誰が掛けてきたのか画面を見た途端に切ってしまった。これが何を意味するか。つまり、私の前では都合の悪い相手ということだ。
「出なくて良かったの」
「ああ、いいんだ」
私を抱きしめようと伸ばした手が、どこか寂しげに下りていく。顔を
そう、そういうこと。
立ち上がって窓の外を見た。雨も止んでるし、外出するなら今だろう。
「紗代子」
「ガーゼ、買いに行ってくるから」
「いや、そんなことより話の続きだけど」
困った顔の和幸に、軽く手を振ってみせた。
「わかったから。浩介とは別れるから心配しないで」
それでも疑っているのか、心配そうにする和幸に、もう一度微笑んでみせた。
行ってくると玄関の扉を閉め一呼吸つく。一気に
まったく、あの和幸が。あの美月とかいう女。おとなしい顔をして、結構やるものだ。
バックの中に入っていた携帯電話、見てみるとメールが入っていた。
浩介からだ。
【今から時間作れるけど、会おうか?】
まったく、頭痛してきそう。タイミングが悪いんだから。
【私を今まで待たせておいて、なんなの? 今日は無理よ】
そうメールを打ち込んでバックにしまった。
本当に、残念よ。
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