紗代子 不協和音
自分でも驚くくらいすんなりと、口からついて出た。言葉をなくしている和幸に対して腹立たしさと苛立ちが、ふつふつと
転がってるバックを拾って、キッチンの前に立った。手にグラスを持ったまま、固まってしまった和幸の頭のてっぺんから爪先まで眺め、乱れた髪を整える。
「
剥がれた指先を親指の腹で
「別に、いいのよ。私も好きにさせてもらうから。だから——」
ふうっ、と爪に息を吹きかけた。
「お互いに割り切って、やっていかない?」
「なに言ってるんだ……。なあ、紗代子、何を言ってるんだ」
ガラスなのに割れるんじゃないかと思うくらいの勢いで、和幸がシンクの上にグラスを置いた。殴られる。そんな
しかし、この人は私に手を
そして、
私に向かってこようとした和幸の手が、シンクに置いたグラスに当たって床に落ちた。ガラス特有の高い音をたて、目の前でグラスが割れる。飛び散って砕けたグラス。和幸と顔を見合わせ、ふたりで砕けたガラスの破片を眺めた。
「どうして、こうなった……」
声が震えている。男なのに、今にも泣きそうな声だ。
「なにか、ひどく誤解してないか。俺が何をしたって? 彼女か? 井之上さんのこと、まだ誤解してるのか?」
力尽きたように、しゃがみ込む和幸が、砕けたグラスの破片を拾い集めだした。
今しがた、私を抑え込んだ男とは思えない。細く小さく目に
「あの晩のことを気にしてるのなら、そんな心配はない。井之上さんとは何もないんだ。前にも言っただろう」
「はっ」
思わず鼻で笑ってしまった。本気で言ってます。そういったていの和幸が可笑しくて、見てられない。
何もなかったなんて、どうやって証明できる。結婚してからというもの、私など眼中にないって顔をして。
家事も、このひとが全部一人でこなしてしまう。私が夜遅く帰宅しても、
そんな男が、あの晩、私を
下手な嘘など、つかないでほしい。
「紗代子、
私の後を追いかけようとした和幸が、突然立ち止まった。「うっ」と
「つぅっ……」
割れたグラスの小さな破片が、
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