和幸 虚ろ
店の責任者としての注意と自分への
ロッカーの前に立って、角ばった佐久間和幸の文字を見て
食欲など、もう
このまま食べ物を
ぶんっと
昼食にしては、まだ早い時刻。誰もいないと思っていた休憩室、目に飛び込んできたのは、大きな口を開けて今から食パンに
「あっ……、ノックもなしに、ごめん」
「いえ、大丈夫です。気にしないで下さい」
そう言うと、大好きなツナサンドであろうパンに
美月に会釈して、離れた席に座った。
なんとなく、横目で美月を追った。一つ目のサンドイッチを食べ終わった美月が、ビニール袋からオレンジジュースのパックを取り出した。ストローを差し込んで空を見上げながら吸い込む。美味しいのか、そうでないのか、表情からよめない美月と
そういえば美月も今日、出勤だったか。もともと存在感の薄い美月だが、昨夜の件もあって話しかけづらい。
美月はおしぼりで手を拭くと、二つ目のサンドイッチのビニールを外しに掛かった。
「佐久間さん。あれから大丈夫でしたか?」
それは本当に
「あっ……ああ」
笑ったつもりだったが顔が
「どうかな。よく、わからないんだ」
紗代子に男がいる。
昨晩、紗代子は何も答えてくれなかった。
大丈夫……、なのだろうか。自分達は続けていけるのだろうか。この現状が大丈夫と言えるのか。先が見えない。
美月が固まったまま
そういえば自分達夫婦の為に、
そんな事ないですよ。悩んでることがあれば、いくらでも聞きます。そんな言葉にならない心の声が、美月の
取り留めのない想いが次々と浮かんでは消える。吐き出した言葉は雪崩のように止めることが出来ないだろう。わかっていても吐き出さずには、いられなかった。
「紗代子はね。——憧れだったんだ」
美月が背筋を伸ばした。
「うちの母親は、とても臆病な人でね。他人の失敗を押し付けられても文句ひとつ言わない人なんだ。貴女がやったんでしょって言われると、やってもないのに、はい、そうですって言ってしまうような人」
母の昌子。か細くて小さな昌子の姿が目に浮かぶ。化粧っ気もなく、ただ毎日、働き尽くめだった母親。
「うちは父親が居なくて、ずっと母さんと二人で暮らしてきたんだけど。幼い頃から、いつも頭を下げている母さんが嫌だった。どうして謝ってるんだって。責任なすりつけられて
子供にとって親の後ろ姿は、これから生きていく為の人生の
思い出して「ふっ」と笑ってしまった。
それでも母の生き方を否定することはできない。自分を、ここまで育ててくれた。昌子に心配事を増やさないよう、良い息子でいようと心掛けてきた。社会人になってからは、金銭に余裕がない昌子が少しでも楽になれればと仕送りもしてきた。しかし、恋愛対象になる女性は母と違う
「だからかな、今まで出会ったことのない紗代子に
裏切られても紗代子を求めてしまうのは、母と違う、今まで出会ってきた
一通り想いを口にした後、美月がジュースを一口飲んだ。
「佐久間さんは、奥さんを愛してるんですよね」
さらっと言い放った美月に、
「迷うことなんてないですよ。それが答えだもの」
滅多に笑わない美月が笑うのを見て、そうか、と何が吹っ切れた。
紗代子を愛してる。それは、かわらない。
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