和幸 虚ろ
処方箋とは、患者様の病気の治療に必要な薬名が記載された書類だ。処方箋の内容が適切であるか確認しながら、患者様の体調や薬の副作用、継続して飲んでる薬の相性など考慮してお渡しするのだが。これを間違えてお渡ししてしまうと大変なことになる。とくに年配の方々は免疫力も落ちているため、飲み合わせや飲む薬の数など、丁寧に説明する必要がある。
薬を調合する時は集中し、間違いがないよう注意する。この仕事に就いた時から心掛けてきたことなのだが。
「佐久間!」
肩を叩かれ振り返れば柳瀬修二が、一度よく見ろと手に持っていた薬を見下ろしていた。いつもの店の薬の袋。よく見れば薬をお渡しする患者様の名前と、目の前に居る患者様の顔が違う。
「あっ……」一歩後ろに下がると、カウンターの向こうから小学校低学年の男の子が顔を
柳瀬が気付いたかと、くいっと
「申し訳ありません。こちらがお薬になります」
幼い子供に、大人が飲む分量の薬を渡そうとしたのだから。
子供の手をとって、店をあとにした母親の後ろ姿に一礼した後、一気に噴き出してきた冷や汗と脱力感に思わず、膝に手をつき身体を支えてしまった。
昨晩から色々ありすぎた。紗代子のこと。相手の男のこと。自分は、これから、どうしたらいいのか。自分で自分の気持ちが、やるべきことが、わからない。
見上げた天井の蛍光管の光が、やけに非現実的に見えて、何もかも夢か幻みたいな錯覚に
人が道を
今まで頑張って築き上げて来た努力も信頼も、何もかも捨てて。
「佐久間」
柳瀬が
「どうした。お前らしくないミスだな」
まったく、言葉がない。もし話さなければいけないとしたら、それは言い訳にしかならない。
「すみません……」
溜息をつき額に手を当て上から下へ、顔を
「お前、最近、本当に様子がおかしいぞ。プライベートで何があったか知らないが、それと仕事とは別物だ。気持ち切り替えてもらわなきゃ困る」
柳瀬の言葉の重みが
「田宮もいなくなったんだ。佐久間にしっかりしてもらわないと。みんな、お前を頼りにしてるんだぞ」
「すみません……」
再び溜息をついた柳瀬が時間を確認する。交代制の昼食。自分の休憩は、まだ先だったが柳瀬は行ってこいと目で合図した。
「気持ち、切り替えて来い」
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