和幸 慟哭

 美月が紗代子の言葉の意味を考えている。この場の流れから言えば失礼な質問だ。いくら美月でも紗代子の言動に、不快な思いをし始めてるだろう。

 

 紗代子は美月の返答を、今か今かと待っている。そして、そんな紗代子を止められない。自分達夫婦間の問題をさらけ出してるようで。彼女が、どんな表情をしてるのか、まともに見れない。

 

 視線を感じ顔を上げると、じっと、こちらを見つめる美月と目があった。

  

「佐久間さんは」

 

 美月が大きく頷いた。

 

「佐久間さんには、お世話になってますが、優しくされてるかは・・・」

 

 思考が読めない。フワリとした表情の美月が、紗代子を直視した。

 

「奥様の言い方からすると、私は佐久間さんと如何いかがわしいお付き合いをしている、そう言う意味に捉えてしまいますが、もし、それを疑っていらっしゃるのなら、全く心配有りません」

 

 美月が、ひとつため息をつく。

 

「毎日、一分たりとも遅れることなく出勤して、そつなく仕事をこなし、たまに笑えない冗談を言いつつ、私達が気付かないミスをフォローしてくれる」

 

 褒めてる、と受け取っていいのか。美月の言葉の端々に感情というものは感じ取れないが、時折、思い出したように相槌を打つと半ば呆れていると言った視線を送ってくる。

 

「よく言えば真面目、悪く言えば仕事人間、いえ、ロボットです。男の美徳と思われてるのか、どんな時も、佐久間さんは御自身の気持ちを口にしない」

 

 美月が一歩、紗代子に詰め寄った。

 

「衣服の色褪せに同僚から揶揄からかわれようと、缶コーヒー一杯を買うか迷うのを失笑されようと、そして毎日の手作り弁当、それを奥様が作ってくれていると」

 

 美月が、こちらを見た。その目は自分ら夫婦間の状況や嘘を全て見抜いている。そう言っている。

 

「佐久間さんが何を大事にされているか、私は知っています。そんな佐久間さんが私に特別優しいだなんて、あり得ません」

 

 こんなに饒舌な美月を、今まで知らない。何より、自分をそこまで見ていた事に驚いた。

 

 紗代子が、こちらを振り返った。


 いつも自信に満ち満ちている紗代子の顔に、表情がない。言いたい事を言い切った美月と自分を交互に見ながら、ふっと笑った。

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