佐久間紗代子

 そう言えばメイクも落としてない。気怠いが脱衣所へ向かおう。


 重い腰を上げた途端、重苦しい絡みつくような視線に気付いた。眠ったと思っていた和幸のシルエットが、暗闇の中に浮かび上がる。


 黒い影は立ち上がると、いきなり私の手首を掴んだ。


「ちょっと、何するの? 放して」


 強い力で引っ張られた。見上げると睨みつけるよなギラついた光を帯びた眼が、そこにあった。


「あっ・・・」と、言葉にならない声が漏れた。

 ぐいっと引き寄せられ、そのままベットに押し倒される。


「紗代子・・・」


 和幸の熱い唇が、私の首筋に吸い付いてきた。


「ねえっ、ちょっと・・・、やめて・・・」


 和幸の体を押し返そうとしたが、子供のように私の体を求める唇に、いつしか抵抗する気力も失せていた。


 和幸が私の唇に顔を近づける。


「俺たち、夫婦だよな?」


 夫婦。そう夫婦だ。愛の欠片もない冷めた関係の。


 和幸の唇が首筋から胸へとっていく。ただ直向きに、子供が甘いお菓子を貪り食うように紗代子の体を求める。


 和幸と初めて寝た夜も、こんな感じだった。あの頃は、こんな和幸が可愛くて無口なところも愛しく思えた。でも結婚して、この人と暮らすようになって、この行為も夫婦としての務めとしか思えない。


 和幸の重さが私の身体に、のしかかった。


 カーテンの隙間から差し込む月明かりを眺めながら、和幸のなすがまま体をまかせた。


 それにしても、なんて我武者がむしゃらな。私の気持ちなど、完全に無視してる。荒々しい獣のようだ。そういう点では浩介は上手い。


 キスの仕方も、肌に触れる指先も、時折、耳元で囁いてくる、冗談とも本気ともとれない甘い言葉も。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る