佐久間紗代子

 ぎしりとマットレスが傾いた。

 吐息と共に目が覚めると寝室の電気は消され、かわりにベットサイドのランプが灯っている。

 和幸の背中が見えた。


 中肉中背、だが腰回りや太股ふとももなど、私より細いくらいだ。


 和幸が私の隣で横になる。ふわりと香ってきたのはシトラスの香り。我が家の石鹸の匂い。それとは別に甘く立ちのぼる、もうひとつの香り。私の体を包む薔薇の香り。


 背中越しに感じる熱は、幾度となく体を重ね受け止めてきた熱。そこには、もう、愛も欲望のカケラも何も残ってないけど。


 ギシッとベットがきしんだ。


「紗代子・・・」


 背中に視線を感じる。一瞬、頭をかすめたのは、今、ここで求められるという事。

 やめてよ。早く、早く寝てよ。


「紗代子」


 じりっと向きを変えた反動で、和幸の声が耳元近くで聞こえる。

 男の固く角張った指が、私の肩に触れた。


 嫌だ、それは。これ以上ない嫌悪感でしかない。


「ちょと、なに!」


 慌てて飛び起きると和幸は、私を指差した。


「服」


 確かに、家に帰って来た時のままの格好だ。ベットに突っ伏した後、そのまま眠ってしまった事に改めて気付いた。


「ああ、そうね」


 一気に疲労感が増した。

 背中を向けブラウスのボタンを外すと、ぼんやりと寝室を照らすライトが気になった。


「ねえ。電気、消して」


 何故だと言わんばかりの和幸の表情に、思わず溜息がでる。


「もう寝るんでしょ。だったら消してよ」


 躊躇ちゅうちょなくライトが消された。

 こういう時、私への関心の無さは、かえって都合が良い。


 カーテンの隙間から差し込む月明かりが、一本の光の矢になって壁に映っている。

 暗闇に安堵しながら両手で顔を覆った。

 

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