佐久間紗代子
シワひとつないワイシャツは、奥さんの愛情の表れなんだろうか。
ペンシルストライプの紺のスーツを着た浩介は、今し方まで体を重ねていた相手とは思えないくらい距離を感じる。
これから愛する妻や子供が待つ家に帰る。それとも会社に一度戻るのか。
「ねえ、子供って可愛いもん?」
唐突な私の質問に、浩介は
「時間だ。そろそろ出るよ」
ふっと笑ってしまった。はぐらかされた。
「ねえ、今度いつ会う?」
浩介に背を向け下着をつけていると「そうだな」と、気の抜けた返事が返ってきた。まあ、お互い詮索はしない。この関係になった時に交わした決め事なのに、変なこと聞いたからかもしれないが。
「痛っ・・・」
ストッキングをはこうとして、指先に痛みが走った。右手、人差し指から血が出てる。
やだ、いつの間に切ったんだろう。
「どうした?」
浩介が振り返った。
「ん、ちょっと指を何かで切ったみたい」
赤い球が、指先で大きく膨らんでいく。それを浩介に見せると、浩介は笑って鞄を手に取った。
「じゃあ行くから。次だけどさ、俺の方から連絡するよ。それまで待っててよ」
浩介が胸ポケットを叩き、ドアの向こうに出て行く。その後ろ姿を見ながら、指を舐めた。
「なによ。ちょっとぐらい心配してくれても、いいのに」
夜の八時過ぎともなれば、電車に乗っても座ることが出来る。空いているとまではいかないが、男と寝た体を冷やせるなら、なんだっていい。
斜め向かいには、遊園地のキャラクターの紙袋を持った親子。遊び疲れたのか、男の子の頭が船を漕ぎ始めている。その体を支える母親。
母親の方は着てる服から見て、私より若そうだが。
可哀想に。
顔には化粧で隠せてない眼の下の
車内の窓ガラスに映る、自分の姿を見た。
二ヶ月に一度通うヘアサロン。値段の安い化粧品は、肌のノリが悪いから使用してない。下着も服も見すぼらしいのは着ないようにしてる。プロポーションを保つ為に食べ物にも気をつけているし、運動もしてる。
綺麗だと思う。少なくとも、あの母親よりは。
電車を下りて、すぐ、ゴミ箱の前に立った。
そうよ。
交際中の頃だって、もらった事のない手紙。それをクシャリと握ってゴミ箱に捨てた。
これで、良いのよ。
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