最初で最後のラブレター

紅音こと乃(こうねことの)

第1話 佐久間 紗代子

 あの人と結婚したのは、三年前。

 几帳面でマメで優しくて、こんな男性ひとと一緒になったら、きっと私に欠けている何かを埋めてくれる。心穏やかな毎日を暮らせると思った。でも、実際、暮らしてみると、なんてつまらない。なんの変哲もない、淡々と過ぎていく毎日。

 ドラマの朝の風景を、何度も再生してるような、お決まりの挨拶。あの人を送り出して掃除、洗濯。ぼんやりとテレビなんか観て。夕方近くに近所のスーパーに買い物に行く。


 今日の天気は、どうだろうなんて、空を見上げながら歳をとっていくんだ。

 いったい私は、あの人の何処に惚れたのだろう。

 色気もない、一袋数枚入りのお買い得で売っているような封筒。それを出掛けに渡された。こんな手紙をもらっても、なにも心に響かない。

 


          ◇




「なに見てんの?」


 ベッドの上で、筋肉質の汗ばんだ体が擦り寄ってくる。私が手にしている封筒を奪い取ると、嫌がる私の体を抱きしめ唇を重ねようとしてきた。


「ねえ煙草。一本ちょうだい」

「これから帰るのに。煙草の匂いなんかつけて。旦那に気づかれんじゃないの?」


 悪戯っぽく笑う浩介こうすけの背中に、私は思いっきり爪をたてた。


「おいっ、やめろよ」


 背中に女の爪痕など、困るのは浩介も同じ。家に帰れば、可愛い奥さんと生まれたばかりの子供が待っているのだから。


「で、これ何?」

「今朝、旦那から渡された」


 浩介の鞄から煙草を抜き取ると、ヒラヒラと封筒を振る浩介の横で、ライターの火をつけた。


 毎朝、私より早く起きて、そっと家を出る佐久間さくま和幸かずゆき。彼が帰る頃、家に居なくても、浩介との情事の残り香を身に纏って帰っても、彼は何も言わない。いつものように、私の晩ご飯を準備しテレビを観ながら、こう言うのだ。


『お帰り』


 私が、どこの誰と会っていたのか。何をしてたのか、全く関心がない。


 ふっと浩介が鼻で笑った。私の了解なしに勝手に、人の手紙を読んでいる。


紗代子さよこさん。御夫婦仲、よろしいじゃないですか?」


 浩介が私の方へ、にじり寄って来る。両腕を私の腰にまわすと背中に覆いかぶさり、耳たぶを甘噛みした。


「こういうの、嫉妬しちゃうんだけど」


 なんの冗談だろう。私の今の状況を面白がってるくせに。


 浩介の頬から唇に指をわせ、軽くキスをし呟いた。


「ば・か」

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