~知りたくなかった異世界転生「裏」事情~

岳石祭人

せっかく異世界転生したのに ~知りたくなかった世界の「裏」事情~


 キキ――――ッ!


 ドーーーーン!・・・・



 ・・・・・・・・・・


 ・・・・・・・・・・


 ・・・・・・・・・・


 気がつくと、真っ白な空間に、黄金の祭壇みたいなのがあって、ローブをまとった金髪碧眼の西洋美女が立っていた。


 えーと、これは夢だよね?


「現実逃避なさってはいけません」


 夢のような美女がにこやかに流暢な日本語で言う。


「あなたはトラックに轢かれそうになった子猫を救うため自分が轢かれて、死んでしまいました」


 ガーーン………って、ま、いっか。どーせ……


「そうですねえ、23歳、大学は出てみたものの、正社員にはなれず、派遣でブラック企業に低賃金でこき使われて、先の展望まったくなし。ついでに彼女いない暦イコール年齢の童貞」


 はあー…と美女は頬に手を当て、


「ま、最近多いですから、あなたみたいな人」


 ドンマイ!と笑顔でポーズをとった。……へいへい、そうですかい、と。


「そーんな、つまらない人生を送って、つまらない死に方をした童貞さんに、ラッキーチャーンス!

 なーんと、異世界に転生できちゃいまーす! もっちろん、もろもろ特典付きで!」


 というわけで、


「行ってらっしゃーい」


 転生の女神様に見送られてオレは……




 この中世ヨーロッパ風の、


 剣と魔法のファンタジー世界


 に降り立った。



 オレは女神様にもらった「もろもろ特典」の魔法と剣技のスキルによってほとんどチート的に最強で、でもまあ、それで威張るのもなんだから、「謎のお助け勇者」として隠れて魔物退治なんかの超絶難しいミッションをこなしつつ、女領主から任された荘園でまったり生産&経営の田舎暮らしを楽しんだ。なぜか道々出会ってしまう多種族の美女、美少女たちに押し掛け同居されて、彼女たちがオレの夜伽の相手を巡って賑やかに繰り広げるドタバタも毎夜恒例のお約束だ。


 たまに思い出す。

 まったくイケてなかった前世のことを。

 あれこそ夢のように、今となってははるか遠い記憶だ。


 まったり隠れ勇者生活も、そろそろ何か刺激がほしいなあ……と思い始めたところ、

 百年前に滅んだはずの魔王軍が復活し、公国に侵攻を始めたという報せが舞い込んだ。

 公国存亡の危機に、オレもこれまでのように隠れてボランティアをやってる場合でなく、前面に立って魔王軍を迎え撃つことになった。

 平原に展開して向かい合う2つの大軍勢。高まる緊張感。オレも出し惜しみすることなく全力で闘うつもりだ。

 ああ、そうか、オレはこの時の為にこの世界に転生させられたのだと思う。

 さあ来やがれ魔物ども。ギッタンギッタンにぶちのめしてやるぜ!


 ときの声が上がり、いざ、突撃!




 ・・・・その時、世界がフリーズした。




 味方の兵士たちも、魔王軍も、ピタリと動きを止めて、静止している。


 時を止める魔法だと?

 オレも狭い範囲で短い間なら時を止める事が出来るが、こんな広範囲で、いつまでも時を止め続けるなど、この世界にそんな大魔法を使える者が存在すると言うのか?


 天から声が降ってきた。



「  会長ーーー。 戻ってきてくださあーーい!・・・・・・・  」



 ? ? ? ?


 これが時を止めている大魔法使いの声なのか?

 それにしてはなんとも情けない声だが………


 世界が形を失い、白い空間に置き換わった。


「申し訳ございません」


 オレをこの世界に転生させた女神様が丁寧に頭を下げた。


「どうしてもお客様が必要な緊急事態が発生したとのことで、やむなくサービスを停止させていただきました」


「オレが……必要?」

 この世界の危機以上にオレが必要とされる別の世界があると言うのか?

「なんだか分からんが断る。元の世界に戻してくれ。あの世界にはオレが必要なんだ!」


「えーと……、それはあ………」

 女神様は、う~~~ん、と困ってしまっている。

「いったん現実世界のご用件を済ませてから改めて続きをと言うことで………」


 何言ってんだ、この女神様は。

「転生ってそんなに簡単に行ったり来たり出来んの? だいたい現実世界のご用件って、何? オレみたいな童貞負け組決定人間に、今さらなんのご用があるんだよ?」


「あー……、いえ、済みません、そういう「設定」でダイブしていただいておりまして。最初から「バーチャル・リアリティー」だと分かっていてはリアルにお楽しみいただけませんので……」


 ・・・・・・・・・


「バ、バーチャル・リアリティー!?」


 あ、あの世界が? あの世界で体験したことが? すべて?


「すべて……、バーチャル・リアリティー、作り物だったって事か?」


 そんな馬鹿な!


「嘘だ。あんなにリアルな……、女の子の感触だって、あんなにリアルに再現出来るバーチャル・リアリティーの技術なんて、実現されているわけない!」


 女神はほとほと困った顔でため息をつき、実に申し訳なさそうに言った。

「技術はあります。今は、西暦205×年です」


「はあ~〜?」

 オレは顎が外れそうに驚いた。

「いつの間にそんなに経ったんだ? オレは……コールドスリープマシーンなんかで冬眠でもさせられていたのか?」


「ですから……。

 バーチャル・リアリティーのプログラムにダイブする前に、偽の記憶を植え付けていたんです。五感を完璧に再現するバーチャル・リアリティー技術なんて存在しない、と思わせる為に。偽の現実の記憶は、催眠術によるもので簡単に解くことが出来ます。ただ、お客様の場合、プログラムの途中で強制的にこちらに呼び戻しましたので、しばらく混乱が続くかもしれません」

 本当に申し訳ありません。と女神は深々お辞儀した。


 ・・・・まったく、なんてこったい・・・・・・・


 うん? 待てよ。

 転生する前の生活が偽の記憶だとしたら、じゃあ、オレはいったい…………


「ここは、現実の世界なのか?」

「いえ」

 女神が何か合図するような仕草をすると、真っ白だった世界が、硬質で清潔なメディカルルームに変わり、女神自身、ぱりっとしたナース風ユニフォームの、黒髪のメガネ女子に変わった。

 そして、部屋の片隅に、いい年してへいこらしたスーツのおっさんが立っていた。


 おっさんには見覚えがあった。


 記憶……リアルな記憶が戻ってきて、


 俺は不機嫌にナビゲーターに訊いた。

「リアルタイムでどれだけ経った?」

 メガネ女子が答える。

「ちょうど5時間です」

「申し込んだのは8時間、20年コースだったな? バーチャルで後どのくらい残っていた?」

「後7年ほどです。その後、一晩お休みいただいて、明日朝8時、現実世界でお目覚めいただく予定でした」

「まったく……」

 俺は不機嫌にカプセルベッドから起き上がった。

「飯島」

 呼びつけると、「はいっ」と、社長の飯島は気をつけをした。

「たまの短い休暇だぞ。俺を叩き起こさなければならない事情とはなんだ?」

「はっ、はいいっ」

 飯島はかしこまって報告する。

「工場で労働者たちが暴動を起こしまして。どうにも手の付けられない状態でして……」

「馬鹿もんっ!」

 俺は怒鳴りつけた。飯島は、ひいいい、と震え上がった。

「そんなことで一々うろたえるな! 施設に損害が発生しないうちにさっさと排除しろ!」

「しかし、それがもううちの警備員だけではどうにも……」

「ガスで眠らせればいいだろう」

「しかしそれは後遺症の残る危険が。後々補償問題に発展すると……」

「そんな奴は……」

 俺は自分のアイデアにニンマリする。

「バーチャルの世界に飛ばして「住民」にしてやればいい」

「は、はあ……。しかし……」

「ええい、うるさいっ! おまえは優柔不断がすぎる。やつらなど、労働力という単なる単位だ!」


 俺は立ち上がり、出口に向かう。ナビゲーターが深々お辞儀して言う。

「またのご利用、お待ちしております」




 今やバーチャル・リアリティーの世界で過ごすことは娯楽の中心になっている。

 外のレジャーは壊滅的だ。環境は悪化の一途をたどり、人がまともに暮らせる土地はどんどん狭くなっている。

 人が自由に「世界」を楽しめるのはバーチャル=仮想の空間にしかない。

 世界は、持つ者、持たざる者に、極端に二分されている。それでも人間は自由な資本主義を捨てられないのだ。

 一部の超超大金持ちの中にはいまだに「リアル」のレジャーにこだわる者もいるが、俺には無理だし、いまさら魅力も感じない。

 持つ者がバーチャル・リアリティーの世界まで独占しているわけではない。むしろ、過酷な環境で生きる持たざる者たちにこそ、現実から逃避するバーチャル・リアリティーは必要だ。

 ただし。


 たった一人の主人公が、ストレスなく世界を楽しめるのは、我々のような超大金持ちに限定される。


 たった一人の為に、全ての人間、全ての物事が、都合よく、しかし自然の成り行きのように見せかける、そんなご都合主義の世界を用意し、運営していく為には、莫大な経費が必要なのだ。


 貧乏人どもは、あらかじめ用意された公共の仮装世界にダイブし、そこで楽しむしかない。

 しかし、利用者が増えれば増えるほど、ストレスは生じ、現実世界同様に争いが生じる。

 まったく人間と言う物は、夢の世界でさえ争わずにいられない、どうしようもない戦い好きであるらしい。

 ある意味、これ以上なくリアルなバーチャル・リアリティーだ。俺はご免だが。

 

 人類はとっくに自然環境を元に戻すことを諦めた。

 世界中で使われるバーチャル・リアリティーを維持する為の膨大な電力を生み出す為のエネルギーは、もはやなんの環境的配慮もなく使い放題だ。

 貧乏国は貧乏国で、一昔も二昔も前のテレビゲーム並みのポリゴン世界をそれなりに楽しんでいるようだ。知らないと言うことは幸せだし、今さら、世界を支配する超大国に戦いを挑むような覇気、テロリストにしかない。やはり夢はバーチャルで見てればいい。

 しかしそれもその内出来なくなるかも知れない。利用者の増加でコンピューターがクラッシュすれば、貧乏国、貧乏人相手の運営組織に高価な器機を再設備する経済力はないだろう。ま、しばらくは金持ちの国が人民の不満を骨抜きにする「人道的」処置として援助してやるだろうが、それだっていつまでも続くものでもなかろう。


 仮想の世界さえ失ってしまったら、それに依存している者たちはどうするだろう?

 本物の「異世界」に「転生」出来ることを夢見て集団自殺でもするかな?


 最近、バーチャルの中でフリーズしてしまうキャラクターが増えている。

 安価なインターフェイスでダイブして、接続したまま死んでしまうプレーヤーが増えているのだ。

 しかし他のプレーヤーたちは大して気にも留めない。いっとき迷惑に思うだけで。

 フリーズしたキャラクターは速やかに消去され、世界は続く。

 リアルな世界の死もそんな風に処理出来れば楽だろうに。


 俺もいつか、自分の為の理想的世界で、幸福感に包まれた穏やかな死を迎えることを望む。


 若かかりし日に本気で夢見たように、ここ(現実)じゃない、あるべき異世界に転生して……



 終わり

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