　まあ太とカラス天狗は、ずんずん南東へ向かいました。カラス天狗はずいぶん上の方をくるくる回転しながら飛んでいます。右へ飛んだり左へ曲がったり。ああ。これが翼を持つ生き物の奔放さか。と、まあ太はしきりに感心しまめつぶくらいになったカラス天狗をずっと歩きながら眺めておりました。すると

「ドカ！！」とにぶい音がし、からだがぐにゃりとなってまあ太は大の字になり、

全身の疼痛と気だるさに身動きが取れず痛みも周りに回ってさてどうしたものかと困ってしまいました。あたまの上には道祖神（かんたんに言うとおじぞうさん）がおります。するとぱたぱたと音がして

「どうすんだよこれ！」「おい！バンパーへこんだぞ！」などと声がして、はてこれは自動車というものにハジかれたか。とここで初めて気づきました。

　ところでなぜここで「自動車というもの」とまあ太が思ったかというと、今世紀では自動車は非常に高価で珍しく大都会では自動車がびゅんびゅん走っているなどとネットでは見ていたものの、実物を見るのはこれが初めてだったからです。まあ太にとってこれは手痛い経験となりました。しかし同時に非常に貴重な体験となったと一族に語るのはもっとずっと先のことです。

　まあ太の意識がモウロウとして何もかもが面倒臭くなった時、ゴルフクラブを持って自動車から出てきた一味がまあ太の方へ近づき「ああ。あとは保険屋の話だから。」と言い捨てたそのときです。

　まあ太を取り囲む一味の、その自動車の背後から、道祖神の八倍もあろう大きな白い犬が飛び上がり一味の一人ののどぶえに喰らいつきそのまま反転し「ぽい。」と投げ捨てました。その飛んでいったひとりが地面に墜落するかしないかのうちに白い大犬はほかの連中に頭突きをくらわし、足を噛み千切り、両手首を切り落としました。ゴルフクラブは気づかないうちにひん曲がっていました。まあ太がぼんやりしていると、白犬はなにやら人の言葉でぶつぶつと低いこもったような声で話し始めました。

「自動車は・・・生意気だ。我が物顔で野を走り、一族を蹂躙しこの俺の右前足まで奪った。古来より我々と人間は遊び戯れ狩りをし、夜は一緒に眠った間柄だと太祖より語り継がれてきたが、あのざまは何だ。頭の悪い猿以下だ！！」

「しかし、この俺に樫の木の前足をこさえてくれたのもまた人間。ここはひとつこ

　の若者に尋ねてみようではないか。」

　まあ太がよく見ると、この大犬は隻眼（片目のこと）でした。けれども相当な体術の使い手であるとみてとれました。なぜならふつうのひとでも片目をつむるとうまく歩くことすら難しいからです。

「おいぼうず！！何故我等は肉しか喰えんのだ！！」

　このころになるとまあ太は、後頭部を打った故のふらつきも何とか消え立ち上がれるようになり、カラス天狗は全然役にたってないや。ああ自分が上を向いて歩いていたのが悪いのか。などと考えられるようになりました。自動車が運よく直撃しなかったためでしょうか。

　犬の問いかけもながらで聞こえていたのですが犬の話す言葉がいちいち古めかしく、なんで右足が木なんだ。ということばかりに気を取られていたので低く「あー　あー。」とだけ発するのが精一杯でした。

　すると犬は「そうか。我らは所詮畜生。これが四つ足の業というものか。」と

ひとり合点し、何度も首を縦に振っていました。

　まあ太は「きっとこいつは腹が減っているのにちがいない。空腹と睡眠不足は余計な思いばかり頭に浮かぶ・・・。」というおっ母の言葉を思い出し、袋の中のそば団子のなるべく大きめのやつを二つ取り出して犬にやりました。すると犬はのんきな目つきになり、そば団子を二つぱくりと平らげました。まあ太はびっくりして少し手を引きました。

　大犬は「ああ。これが懐かしい雑穀の味。」としっかり噛みしめごくりと飲み込みました。

　まあ太は昔から犬猫はよく面倒をみるほうで動物係などしており、それが好きでもあったため犬のあたまを撫でておりますと犬の方もさっきまであった怒気も消え失せ腹まで撫でよと寝転び、ころころと時が経つのも忘れて小一時間程遊んでおりました。

　すると犬は、はっ。と我に返り、深々と頭を下げ「あのなすがままに。」とだけ言いました。

ちまみれの　あるじをせなかにかつぎつつ　

　　　　　　　　　　　　　　　　　つきよをあるくけものいっぴき