第3話 ファースト・バトル
ロボットがそこにいた。
高さは3メートルぐらい。グレーがかった金属で出来ていた。四角くゴツゴツとしたパーツが折り重なっており、あちこちにオレンジ色の光るラインが走っている。
四角い頭に前方に丸いレンズが付いていて、中で光が明滅していた。
そこは開けた空間だった。人工的なものではなく、自然の土の空洞だった。
奥には金属の扉があった。扉からは配線のような四角い金属のパイプが四方八方に伸びている。
その扉の前にロボが佇んでいた。
「彼があなたをチェックするわ、ショウ」
キョウコはそう言った。
ロボはショウの方を向くと、聞いたことのない言語で何かを一瞬喋り、ショウを指先から出るレーザーの青い光でスキャンした。
そしてキョウコの方を向き、頭のレンズを黄色に点滅させた。
「オーケーらしいわ」
「き、聞いてもいいかな?」
ショウはキョウコにそう言った。
「ロボのこと?」
「……これ……いや彼は何?とても現実的な存在には思えないのだけれど」
「……そうね。詳しくは知らないわ。私たちは単に『番人』とか『ロボ』とか呼んでいるのだけれど」
「何者か知らない?」
「そういうこと。でも機能は良く知っている。チェックするの。入って良いかどうか」
「そ、そう……あ、あと、この扉……この先がダンジョンってこと?」
「ええ、そうよ」
「本当に存在するのか……」
「まあ、見れば分かるわ。それじゃテストしてみていいかしら?ショウさん」
「テスト?ああ……えっとモンスターと戦闘だっけ?」
「正解。剣で戦ってもらうわ」
キョウコはそう言うと扉まで歩いていった。
「……そう言えば聞いてなかったけど、ショウさん、どうしてダンジョンに来たいと思ったの?」
「あー、うん……まあ、日常と言うか、色々上手くいかなくて」
「新しい世界が見たかった?」
「まあ、そんなところかな。あと……」
「あと?」
「あ、いや、妙な声が聞こえて……」
「声?」
「あ、いや、今のなし。気にしないで」
「ふぅん……」
キョウコは手を伸ばすと、扉横の四角いパネルに手を当てた。
鈍い音と共に扉がゆっくりと開いていった。
◇
扉が開くとダンジョンが奥へ続いているのが見えた。
「やあ、来たな?新人君」
そこに立っていたのは一人の髪の長い剣士だった。白い金属の胸当てに皮のブーツとグローブをはめ、腰には剣のようなものをぶら下げている。背中には小さな盾があるようだ。
「ケンさん、よろしくお願いします」
「ああ、ちゃんとマリアから聞いているから大丈夫だよキョウコちゃん」
キョウコはショウに言った。
「あたしだと剣の腕とか良く分からないんで、ケンさんに見てもらおうと思って」
「なるほど」
キョウコはミハルにこう言った。
「ミハル、明かりお願い」
「はーい!――
ミハルが呪文を唱えると、光球が回り始めた。ショウはそれを見て驚いている。
「それ、魔法?」
「そうですよ」
ミハルはごく普通にそう答えた。
キョウコがミハルに言った。
「そう言えばシンジは?ミハル?」
「部活で遅くなるってメッセージ来てたよ」
「あ、そう……」
ケンはショウに近寄ると自分と背を比べ、上から見下ろした。
「君、背低い?」
「……165です」
ショウは少し不機嫌そうにそう答えた。ケンとは二十センチほどの差がある。
「まあ、狭い場所だと小さい方が便利だよ」
そう言って少し笑い、更にこう言った。
「聞いたとこによると、君、多少は剣の心得があるんだって?」
「ええ、小さい頃に家のじいちゃんに少し教わりました。流派とかそう言うのは良く分かりませんが木刀で稽古を」
「へえ、そりゃあ凄い」
「ちゃんと出来る訳じゃないんで」
「……そうだな、見せて貰った方が早いな」
ケンはそう言ってショウの側を離れた。
「じゃあ、これからやることを説明しよう。少し奥に行くとモンスターがいる。とはいっても一番弱いジャイアントラットだけどね。それを俺がおびき寄せる。それを倒してもらう。オーケー?」
「はい」
「君にはこの剣を貸そう。ブルーナイフって呼んでるやつだ」
そう言ってケンは傍らにあった袋から白く角張ったものを取り出した。長さは三十センチぐらい。先端が斜めになっていて青い線が刻まれている。刃は無いように見える。
「これ、剣なんですか?」
「ダンジョンで時々手に入る、ありふれたヤツだよ。剣っぽく無いが、気合い入れて振るとなぜか切れる。原理は……一度スミスに聞いたが、俺には良く分からん」
「……へえ……」
「じゃ、始めようか?」
「はい!」
◇
キョウコはミハルにそっと耳打ちした。
「ショウさん、いけると思う?」
「パッと見、素早さそうだし、いけるんじゃないかな?」
ケンは少し先にある三叉路まで歩き、辺りを見回した。そして何かを発見し、ショウに待機の合図を手で送った。
そして腰の剣に手をかけた。
「
振り抜いた剣の先から緑に光る閃光が奥に向かって飛んでいった。
そしてケンがドタバタとショウの方へ走ってきた。
「構えて!」
「は、はい!」
奥からやってきたのは二匹のジャイアントラットだった。
「あ、一匹多かった。俺、右のやるわ」
「は、はい!」
そう言うとケンは素早いステップで右の一匹の近くに寄り、一閃した。ジャイアントラットの一匹が消し飛び、ジェネタイトが地面にコロリと落ちた。
ショウも、もう一匹に走って近寄り、大きく剣を振った。
スカッ。
剣は全く当たらなかった。
キョウコとミハルは顔を見合わせた。
ケンはクールな目で見ている。
ショウは気を取り直しもう一度構えた。
「ふぬっ!」
気合いと共に振った剣は見事に空を切った。
キョウコとミハルはヒソヒソ話を始めた。
「……手伝おうか?」
ケンはショウにそう話しかけた。
ショウは懸命に剣を振っている。ラットは右へ左へと避ける。まるで当たらない。
「いえ!大丈夫……です!ちょっと!久しぶりなんで!カンが!」
「……緊張し過ぎじゃない?力抜いたら?」
「頑張りっ!ます!」
そうこうしているうちにショウはジャイアントラットに一撃引っ掻かれた。
「ってぇー!このっ!」
そう言って繰り出した剣がジャイアントラットに当たった。ラットは吹き飛んだ。
キョウコとミハルは少し驚いている。
だが、ラットはまだ倒れていない。
ケンはショウにこう言った。
「良く見て。そんな複雑な動きじゃない。あと、剣に体の勢いを乗せて。腕だけじゃ無くて」
「はい!」
ショウは一度大きく息を吸って力を抜いた。
そして向かってきたラットに軽いステップで踏み込み、すれ違いざまに斬った。
剣は見事に当たり、ラットを倒した。ジェネタイトがカランと一つ落ちた。
「おおっ!」
キョウコとミハルは感嘆の声を上げた。
ケンはショウに言った。
「今のは良かったね。……確かに多少の剣の心得は有るようだ。緊張し過ぎだとは思うけどさ」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、そうだな、次はもう少し負荷を上げてみようか?」
「負荷を?」
「数を増やすって話さ。この奥に小さな空洞がある。いつもそこにラットが溜まっているから、行ってみよう」
「は、はい!」
◇
一行はダンジョンを奥へ進んだ。十字路が見えてきた。左側の通路から光が漏れている。
「この先に……」
ケンがそう言って光の方へ行くと、そこから何やら騒がしいラット達の声が聞こえてきた。
「……おや?これは……」
「どうしたんです?」
キョウコはそう言い、ケンと同じ方向を覗き込んだ。
「うわぁ……いっぱいいる……」
「今日はいつもより多いね……あ、まずい、気付かれた!来る!」
「ま、魔法魔法!ミハル!早く!」
「えっ、あっ!」
来たのは数匹どころではなく、数十匹だった。
ケンは背中から盾を取り出すと、強く一歩踏み出し衝撃波を放った。動きが止まったところで横切りで数をこなしていく。
キョウコは
ショウはと言うと、端から一匹ずつ倒している。
ケンはショウに言った。
「ショウ君、一気にたくさん倒す技は持って無いの?」
「じいちゃんに!習ったのが、一対一の技ぐらいなんで!応用とか実戦とかやってませんし!うおぉ」
「そ、そうか……」
しかし、そうこうしているうちにも、ラットは次から次へと湧いて来る。とても手数が足りない。
「まずいな、このままだと押される……キョウコちゃん、ミハルちゃん、何か他に数に技ない?」
「まだレベル低いんで、あたし、今これぐらいしか……!」
「私も、これが!一番強い攻撃です!」
「うーん、どうすれば……そうだ、ショウ君、魔法使ってみて……!イメージ!」
「え?」
「剣から光の刃が飛ぶのをイメージして!」
「は、はい!やってみます!」
ショウは目をつぶって、何かブツブツ言っている。
「見えた!」
ショウがそう言って剣を振り抜くと、剣先から光の刃が放たれた。
放たれた光の刃はひょろひょろと空間を飛び、ラットの集団にペシペシと当たった。全然効いてない。
ケンは残念そうに呟いた。
「あー、うん……そうね……どうしよう……」
その時、後ろから誰かが走ってくる音がした。
「真打ち登場!」
シンジだった。
◇
「シンジ!存在忘れてたよ!」
「キョウコさん、それはひどいよ。泣くよ?帰ろっかなー」
「ウソウソ、お待ちしておりましたよ。シンジ君!いやシンジ様!」
「お、お待ちしてた?シンジ様をお待ちしてた?……ならちょっとだけ力貸しちゃおっかなー。どれどれ……よーっと!」
そう言うとシンジはダッシュでラットの群れに飛び込んで行った。唸る鉄パイプ。回る鉄パイプ。ラットの集団を一掃していく。
そこからは形勢が一気に逆転した。
一行はラットの集団を部屋の中まで押し込み、何とか倒し終えた。
シンジはショウを見つけると、こう話しかけた。
「この人が新人さん?」
「ショウって言います。よろしく」
「この人、ウチに入るの?キョウコさん?」
「うーん、まだ評価中だけど……」
ケンが言った。
「役には立つんじゃないかな?魔法剣も使えそうだし。練習すればだけど」
「んじゃ、決定ってことで……」
シンジがそう言って、ショウに握手をしようと手を前に出した瞬間、一行は周りの空気の変化に気付いた。
部屋の周囲にたくさんある通路の全部に、さっきの数倍の魔法ネズミ《マジック・ラット》の群れが目を光らせてこっちを見ていた。
東京ダンジョンストーリー kumapom @kumapom
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