第9話
相馬一平は新聞社で沢山の公募作品を見て歩いていた。
年配の画家達と一つ一つ作品を見ながら入選、選外を決めていた。
中には見知った画家の作品もあった。
芹澤馨、藤田鼎と言った画家は良く見知った画家だった。二人共林檎の作品を公募展に出していた。
偶然かな、と思いながら二人の作品の前を過ぎていく。二人の林檎を作品は素晴らしかった。
林檎を観察し、それだけでなく画家の持つ哲学で作品を仕上げていた。
しかし、見知っている者とはいえ、公平に見なければならないと思った。
同じ林檎ならもうひとつ別の作品の方が今回は残念ながら二人より良かったな、と思った。
出展者の名前は立花豪と書いてあった。赤い下地に、より一層赤いバーミリオン色の林檎がその赤を切り裂くように描かれていた。
しかしその作品は赤色が持つ情熱というものは一切感じられず、むしろ青色が持つ知的な冷静さを全体から感じさせた。
そこに画家の秘められた思いがあるのだろうと思った。
相馬一平は小説家として成功する前は、画家を目指していた。
滝次郎洋画研究所に通いながら絵を学んでいたが、文学を志す機会を得て小説家になった。
しかしながらそれで絵を理解する力を失っていないと思っていた。むしろ絵画から離れたことでより冷静に絵画を見ることが出来た。
そのため今回新聞社の公募展の委員に選ばれていた。
入選作品は先ほど「K令嬢」というのがひとつ決まった。背を向いた女性の美しい絵だった。
もう一つを自分が決めることになった。
そこで相馬一平はそれを見つけるためにもう一度会場内を歩いていた。
再び会場を歩いた中で、立花豪の描いた作品が気になった。
そしてその作品の前に相馬一平は立った。暫くその場所で静かにその作品を見ていた。
目を閉じ、再び目を開けた。林檎は何も言わないが、林檎を切り裂いて何かが語ってくるような感じがした。
「この作品は駄目だね。色彩の基本がなっていないだろう?」
「赤色ばかりをなぞらえて自分だけが気持ちよくなっている。唾棄されるべき作品だね。」
「これよりも落ち着いた色彩の先ほどの月を描いた風景作品が入選にふさわしいよ」
周りに集まった年配の画家達の声が相馬一平の耳に聞こえてきた。これでこの作品の選外が決まった。
(この画家の作品がいつか、時代を引っ張って行く時が来るだろう、絵画の基本という人のほうがいずれ異端児となる時代が来ることを、僕は信じる、彼らの才能を。芹澤馨、藤田鼎、そして立花豪という名を僕は忘れない。彼らは次の世代へ繋ぐ希望なのだ)
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