第3話
床張りの部屋の真ん中に丸いテーブルが置いてあった。
その上に白いリネンのシーツがかけられ、林檎がひとつ置かれている。
その林檎を囲むように三人の男がイーゼルの前の椅子に腰を掛けて座っていた。
先程まで談笑していた立花豪、藤田鼎、芹澤馨の三人は、今静かな時間の中を進み、林檎と対峙しながら絵を描いていた。
藤田の提案で芹澤が巴里に行くまでに何か作品を描こうということになった。そしてその何かが林檎に決まり三人はそれを描いていた。
(いい題材だ)と、立花は思いながら絵を描いていた。
立花の視線の中に二人の表情が見える。真剣に真摯に林檎を捉え、そして指を動かし絵を描いている。
この絵は数日掛けて仕上げ、そして新聞社の主催する公募展に出すことになった。
それは芹澤馨の提案だった。芹澤の知り合いが新聞社の仕事をしておりその公募展の事を知っていたから、その話になった。
落選や入選という結果ではなく、それぞれの思いを乗せて描いた作品をこの時代の爪痕として残したい、という芹澤の提案だった。
そしてより簡単でシンプルに見えて無難しい題材とは何かとなった時、立花は二人に言った。
「林檎が良い、林檎を描こう、セザンヌは言った。『林檎で巴里を驚かす』とね。どうだろう?僕達三人で美術界を驚かそうという意思を込めて描かないかな?」
三人は其々顔を見合わせると、頷いた。
そして今まさに三人が林檎に向かい合って絵を描いていた。
立花は再び思った。
(僕達三人にとってとてもいい題材だと思う)
立花の画布に木炭の激しい線が描かれては、また消えていった。
そして立花の線が林檎の輪郭を捉えてそれを切り裂いた時、激しく石畳を叩く雨音が耳に聞こえた。
立花は首を横に振ると再びその切り裂かれた場所を凝視した。
遠くにサイレンの音が響く。
そして睫毛を伏せて背中を見せて立つ女性が切り裂かれた空間から現れた。
(君か・・・)
背中を見せて立つ女性がゆっくりと立花の方を振り返ると、彼を見て微笑んだ。
そしてその女性の細く長い指が林檎を掴んで唇に運ぶと、彼女は林檎の果実を齧った。
立花は指を動かし、その女性の姿を木炭で切り裂いた。
(アンナ・・・、この林檎を描くという題材は、君がとても好きな題材だったね。そして林檎を描くということは、あの日以来、君が僕へ残してくれた永遠の題材になった・・・・)
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