3 生き残り

 北の砦跡とりであと

 石壁が囲む部屋は、窓にガラスもなく吹きさらしのまま。

 さしこむ月明かりが、天井からひもでぶら下がるかねらす。


 かどが欠けたかしのテーブル席に、ひしゃげたかぶとをかぶり筋張すじばった腕の男が座る。

 アルがグリーの光で部屋を照らすと、まぶしそうに、あるいは光を嫌がるように男はかぶとに手をかざした。


 導かれるまま部屋に入ったマルコだったが、得体の知れない相手に何を話せばよいかわからなかった。戸惑って、アルとユージーンに目を向ける。


 ユージーンが、ベラトルを呼びうながした。


 司令官ベラトルは、顔を全ておおうかぶと呆然ぼうぜんとながめ、震える指でさした。


「あんた……北軍遊撃隊の生き残りかね?」


 かぶとはうなづき、顔を傾ける。水筒の口をかぶとの下へ差し込むと、むせてせきをした。


「ばかな……」とベラトルはつぶやき、まだ信じられない思いでしゃがみ込んだ。

 思わずマルコが口をはさむ。


「あの……かぶとがないんですか?」


「もう、はずせない」


 かぶとからはじめて声がもれる。消え入りそうなかすれた音。

 かぶとが右の側頭部を向けると、中の頭骨までおよぶであろうへこみを、月明かりが照らす。


 マルコはじめ仲間は、ただならぬ事態を察して顔を見合わせ、しゃがむベラトルを見つめた。



 かぶとの男とベラトルのたどたどしい会話から、マルコは事の成り行きを知った。

 十数年前、北軍遊撃隊は北の魔軍の背後に回り、このとりでに陣を構えた。

 だが、長年に渡る山岩鬼トロールオーガの襲撃で数を減らし、ベラトルが司令官になった数年前には、撤退したとみなされた。


 しかし、手練てだれの数名は任務を続けた。

 山岩鬼トロールの攻撃のくせと弱点を、彼らは見出したのだ。

「あいつら、いつも同じ動きしかしない」とかぶとの男はこぼした。

 そして彼が、最後の一人となった。

 その男は、ベラトルが何度聞いてみても、『副長』としか名乗らなかった。



 マルコは聞きたい事が山ほどあった。

 しかし、いつまでも息を切らす副長を前にすると、余計な詮索せんさくをためらってしまう。

 ベラトルが、これからの話をしようとしたその時。


「カラン……」と天井の鐘が鳴る。


 かぶとは上を向いて、くぐもった声をもらす。


「とどめを忘れた……」


 そう言うと彼は、立って戸口に向かう。

 あわてて仲間は道をゆずった。


 マルコは、戸口をくぐる副長の背中を見て闘いを予感し、恐れのあまり震えがきた。


     ◇


 マルコと仲間が追いつくと、とりでとシラカバの間のやぶから、首から血を流す山岩鬼トロールがあらわれた。


 その前に、かぶとの副長が向かい合う。

 しかし彼は、剣を持つのも辛そうに、肩で息をしていた。


 ガチャッとさやを鳴らし、マルコは長剣スパタを抜いて刀身を見つめる。

「長さが足りない」と考えていると、横から見つめるレジーナと目が合った。

 彼女はうなづき、ユージーンの腰から素早く剣を抜くと、マルコに投げて渡す。

「へ?」と驚く顔のユージーン。

 刺突剣レイピアを受け取り、マルコはレジーナに笑みを返した。


 アルは大杖と携帯杖ワンドをかかげ詠唱、光が集まる。

 巫女みこエレノアも腕を回し唇を動かす。

 アカネは松明たいまつに火をつけ、バールが戦棍メイスを構える。

 しかしそれらは、間に合わなかった。


 傷を負った岩鬼トロールは、うなりをあげる棍棒を副長に振り下ろす。

 彼はそれをふらりとよけて、右膝に飛び乗るがよろけた。

 それでもなんとか飛び上がると、ザッと半曲刀サーベルがきらめいた。


 とその時、もう一つの俊敏な影もぶ。

 巨人の膝の上で、マルコはなんとか力をため、そしてんだ。



 月光の下、レジーナは二人の影が舞う姿に見惚みとれていた。

 かぶとの男が山岩鬼トロールの前を過ぎ、半曲刀サーベルの輝きが魔物ののどをかする。

 のけぞる首へ、さらに刺突剣レイピアの光が回り、重なった。


 ザクッ! と音がして、両手をだらりと垂らす山岩鬼トロールは、顔から倒れ大地を揺らした。


 き上がる歓声。


 アカネとバールがマルコに駆け寄る。

 二人にかつがれて、よろよろ立ち上がったマルコは、照れ笑いを浮かべた。


 だがしかし、その笑顔の前に半曲刀サーベルの切っ先が突きつけられる。


「……どういうつもりだ?」


 かぶとの奥から副長はにらみ、怒気をはらんだ声をマルコに投げた。

 驚きのあまり、マルコはたじろぐ。


「どうって……助けなきゃと––––」


「ここに助けはない!」


 副長の叫びに、その場の者はみなこおりついた。

 かぶとのくぐもった声が続く。


「……ここにあるのは、つとめだけだ」


 マルコは、表情の見えないかぶとの奥のまなざしを、呆然と見つめるばかりだった。

 ベラトルが何か言いたげに手をあげたが、先に王女レジーナの朗々たる声が響く。


「王都北軍遊撃隊、副長殿!

 こたびの迎撃戦で、貴殿の軍功は一等! 敵の背後で巨人をふせぐはたらき、見事!」


 ひたいに汗が浮かぶユージーンが、強くうなづいた。


 だが仲間が見守る中、なおもかぶとの男はマルコへ向けた剣を下げない。


 マルコは、ただ彼を見つめていた。

 すると、かぶとの下からあごへとしずくがつたい流れ落ちた。

 彼は、かぶとの下で、泣いていた。


     ◇

 

「これで良かったのかなぁ。……アル?」


 マルコはつぶやき、松明たいまつをかかげる仲間と夜の山道を降りていた。

「そうだねぇ……」と応じ、探究者のアルは考え込む。



 仲間は、副長を置いてとりでをあとにし、北門の天幕へ帰ることにした。

 司令官ベラトルが隊を率いて戻り、遊撃隊副長を保護する、と王女に約束したのだ。

 レジーナは、副長へ褒賞ほうしょうを叫んだ時に気力を使い果たし、ぐったりとユージーンに寄りかかって歩いている。


 先導者ユージーンも、とりでの処理は北軍に任せ、もう東へ旅立とうと仲間と話した。

 今夜は天幕で休み、明日からアルの提案通りナサニエル学院長のもとへと向かうのだ。


 そうは決まったものの、まだマルコには心残りがあった。副長は、どうなるのか。

 そんな彼の横顔を見て、アルが語る。


「あのとりでは、神の善意も悪意も届かない場所だ。そんな所で彼は、つとめに専念することに決めたんだろう。

 マルコ……、彼自身の意志だから、だから私たちでは助けになれなかったんだよ」


 それを聞くとマルコは、なぜだかかぶとの男のことが、とても他人事ひとごとのようには思えなくなった。

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