4 恩師

 冬の快晴の日。

 アルバテッラ王都の北方。

 東西に伸びる森は、赤や黄色、紫に色づいていた。


 そのさかい沿う曲がりくねった道を、かさき馬車ががたごと進む。

 先頭を、軍馬にまたがるマルコとレジーナ、そして荷馬にうまにまたがるアルが行く。

 ユージーンは馬車の横を軍馬で進み、御者台のエレノア、バールと談笑。

 アカネは屋根で昼寝をしていた。


 ここ数日、仲間はアルがすすめた遊歩道でナサニエルの隠居宅へ向かっていた。

 道はほかに、王都から真っすぐ東にのびる『旧東街道』があったが、魔物や盗賊で物騒なのでけたのだ。


 風は冷たいが暖かい陽気のなか、マルコが笑顔でたずねる。


「アルの先生って、どんな人なの?」


「北の探究者……魔物討伐の達人と聞く」


 あいだから王女レジーナが話に入った。

 しかし、アルはゆるむ口元を手でかくし、もごもご答える。


「多くの人にそう思われてるね。

 恐ろしい魔も討ち果たす……まぁ、どんな荒れ地……秘境でも生きのびる夫婦だよ」


 まどろこしいアルの返事に、マルコもレジーナも首をかしげ、顔を見合わせる。

 探究者は笑顔を隠せなかった。


「私にとっては面白い、優しい先生だから!

 マルコも王女様もすぐ仲良くなれるよ」


 そう言うと、アルは満面の笑みを二人に見せた。

 マルコとレジーナは眉をひそめ「よくわからない」といった表情。

 だが向かう先へ顔を上げると、青空の下、遠くで白銀に輝く湖が見えた。



 森と湖にはさまれて、ナサニエルの平屋がたたずむ。

 離れた大木にバールが馬車を停め、仲間の馬を一ヶ所に集めた。

 ふいにアカネが弓を構える。


「何か来る!」


 マルコ、レジーナ、ユージーンが即座に抜刀ばっとう

 見ると森の奥から、なんと山岩鬼トロールが歩いてくる。

「まだ遠い!」とマルコが仲間へ叫ぶが、彼は呆気あっけにとられた。


「とお……くない?」


「ふがっ。ふがっ!」と声がして、森のかげから小さい岩鬼トロールがのぞき見る。盛んに奥を指でさした。

 アルが笑って仲間に語る。


「きっとナット先生んちの子だ。

 森を通れ……って言ってるのかな?」


 すると小さな山岩鬼トロールは「ふっ! ふっ!」と大きくうなづいた。

 みな緊張がとけて、一気に脱力。


「なんだよ人騒がせな……」とアカネがもらし、荷物をまとめる。そんな彼に、ユージーンが一声かけて森に入った。


「驚くのはこれからだ」


 気になって、バールとエレノアが顔を上げると、アルが苦笑いしながら木陰こかげを指さしている。

 一行は、導かれるまま森の小道へ入った。



 先頭を歩く、大きな目鼻の山岩鬼トロールの子が、ふり返って笑顔らしき表情を浮かべる。


「ふっ! ふがっ。日ざしに気をつけて!」


岩鬼トロールだから日光をけるんだねぇ」とアルが得意げに解説するが、エレノアはぽかんとした顔。


「そうじゃなくて……話せるんだ」


 巫女みこのつぶやきに、マルコとレジーナは思わず吹き出した。


 獣道けものみちの先は、平屋の裏手だ。

 日なたの庭で、老夫婦が満面の笑顔で出迎えている。

 アルとユージーンの横顔も、まぶしいものを目にする若者の笑顔になった。


     ◇


 家の中は真ん中に大きなテーブルがあり、七人の仲間もゆうに座れた。

 自己紹介のあとルアーナは、奥の台所に入って誰か大勢と話している。


「快適な家だなぁ」とマルコはかぐわしい木目もくめの壁を見回す。しかし、「ちょっと……多いな」と思いたじろいだ。


 部屋では、来客に興奮した魔物の子どもたちが大騒ぎしていた。

 小鬼ゴブリンの子が取っ組み合って、テーブル下まで転げ回る。

 マルコの目の前を、透き通るような水色のトカゲが羽ばたき通り過ぎる。


 ガタッ! と、となりで音がした。

 驚き椅子いすを引くエレノアとバールの間に、一つ目の子どもがお茶を運んで来た。


「あ……ありがとう」と目を見開くバールが感謝を伝える。

「きゅ、きゅうぅぅ!」と子どもは鳴いて、頭をふりふり台所に戻った。

 そのうしろ姿を見ながら、エレノアがアルのそでを引っ張る。


「あ……あれ、単眼のあの……」


 アルはうなづき苦笑い。だが彼の顔は赤くほてったままで、恩師に探究の成功を報告できた喜びが、まだめやらなかった。



 庭で出迎えられた時、ナサニエルとルアーナの夫婦は、アルとユージーンの二人をまるで我が子のように抱きしめた。

 それから北の探究者は、南の探究者アルの成功を心から祝福したのだ。



 アルはうっとりした表情から、はっと鋭い目つきになり、恩師に呼びかける。


「ナット先生! ここに来たのは実は––––」


「だああ! 待てまて」とナサニエルは、手のひらをアルに向け止めた。


「こういう時のお前の話は長くなる。まずは要点を……先導者に聞こう」


 ナサニエルがそう言った時、ユージーンは歯ぎしりして、レジーナの腕にしがみつくオーガの子を引きがしていた。だが、恩師の呼びかけに顔を赤らめ、気が動転する。


「あ、許すゆるす……失礼っ!

 我らの、旅の目的をご説明します」


「うん……」とナサニエル老は不安げな顔。

 みな、あやしむ目で先導者に注目した。


 しかし落ち着いてからのユージーンの説明は、簡にして要を得たものだった。

 まず王女レジーナの追放の件。北門で魔軍を掃討そうとうし、今は東の砂漠の国ハラネに向かっていること。

 一方、南の探究者アルは異邦人マルコを召喚し、南のマリスを所持していること。

 その行き場がなく、ナサニエルに助言をいたいこと。


 説明が終わると、ナサニエルは目を閉じて腕を組み、なにやら考え込んだ。


 いつの間にかテーブルのそばに立つ、ルアーナが頬に手をあて話す。


「まぁあの王様がやりそうなことよね……」


 レジーナが泣きそうな顔を上げた。とたんあわてて老婦人ははげます。


「あら、心配しないで! 王女様には大きな満月の加護がある。

 それも……マルコさんや、あちらのアカネさんが一緒に関わることでね」


 その言葉で、仲間はテーブルのすみに座るアカネを見た。

 だが彼は「いいぃぃ!」と歯をき出し、目の前の赤いトカゲとにらめっこしている。


 ふいに、ナサニエル老が席から立ち上がった。


「マリスのことを考えねば。

 ……アル、ちょっと来い」


 アルは驚き、あわてて彼も席を立つ。

 マルコも顔を上げたが、アルと老人に目配せされて、ついて行くのは控えた。


「また内緒話ね」とルアーナはあきれ、台所に戻っていく。


 マルコは、二人の探究者が一体何を話すのか気になった。

 だが、ぐっとこらえて待つことに決めると、まとわりつく小鬼ゴブリンの子を優しく足で振り払った。

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