12 十六夜宴

 王都の東の陵墓。

 いまは観光名所となった最後の王墓、第二層にマルコたちはいた。

 人気ひとけのない裏口近くので、石壁にかかる古い肖像画を三人はながめている。


 肖像画の男は、黒髪に白金の王冠をかぶり腹から上の姿。黒いマントを背中にかけて、広げた両手の間に、人の頭より大きい宝玉が浮かび、白くかがやく。

 凛々りりしい顔を少し右にかしげ、見開く左目でこちらを見つめる。


「これ……ロムレス? 初代の王、だよね」


 写実的な絵に圧倒されて、マルコは誰ともなしにたずねた。

 アカネがしゃがみ、つぶやく。


「そ。……面影おもかげが、確かによくわかる。

 アオイ、見たかったのって、これか?」


 アオイは、絵から目を離さなかった。


「うん。…………パパ」


「いやそこは父上だろ」


 すかさずアカネが突っ込みを入れた。

 怒ったアオイがまたにらむので、マルコはあわてて止める。彼自身は、混乱したまま。


「ま、待って、ケンカやめて! それより、この……ロムレスが、君たちのお父さん?」


 双子はマルコにふり返り、当たり前のように一緒にうなづく。

 マルコは、あどけない双子の顔と、何年前なのか想像もつかない古びた絵の男を見る。

 気が遠くなって、彼は思わず、ひたいに手をあてた。


     ◇


 一方その頃、土中どちゅう灯火ともしび亭。

 若ドワーフが、両手にのせた小さな鉢植はちうえを、うやうやしく目線より高く上げる。


「充分で公平な取引に、感謝します」


「よろしい!」


 鉢植えから小さな小さな声がするが、アルとエレノアはまだ信じられない思いでいた。

 それでも、ごくりとつばを飲み込むと、アルはバールに目配めくばせする。

 若ドワーフも目でうなずくので、アルはおもむろにたずねた。


「大親方様、私は魔法学院アカデミーの探求者です。

 実は、その青い羽を……ぶしつけですが、一枚いただけないかと。友達を守るた––––」


「よろしい!」


 鉢植えの土の豆、ではなく地の霊ノームの大親方は、粒の小顔をくしゃっとさせて快諾かいだくした。

 アルとエレノアは歓喜の笑顔をはじけさせる。そうして探求者は、大親方に土がとばないよう慎重に、青く光る『紺碧こんぺき雷鳥ライチョウの羽』を一枚そっと抜いた。


 しかし、若ドワーフはなぜかさみしそうな顔で、鉢植はちうえを静かにテーブルに戻す。

 それに気づいたエレノアは、片眉をあげて思案顔。


「バール、私からも一つだけいい?」


 バールはエレノアを見つめ、察したように小刻みにうなずく。

 エレノアは、眉をひそめ複雑な顔を鉢植はちうえに近づける。


「大親方様、出口は、どちらですか?」


「よろしい!」


 鉢植えから返事がして、アルはわけがわからないといった表情。

「もう行こう」とバールが静かに言うので、三人は大親方の部屋をあとにした。


     ◇


 最後の王墓の北、丘の上に立つとすでに、空は赤くたそがれていた。

 マルコは目の上に手をかかげ、アカネが指さす彼方かなたの森をながめる。

 アオイが元気いっぱいにんでふり返る。


「あれが今夜のウチ! 早くおいでよ!」


 マルコは、南の森でひどい目に合ってから夜の森に入るのが怖かった。

 だが、その森の入り口は白っぽく、銀色に光ってみえる。


「双子といれば大丈夫か」とマルコが迷う間に、アオイとアカネはあおあかの点になって、黄金色に輝く草原を駆け降りていった。



 森の片隅かたすみうたげの場にマルコが着いたころ、空はすっかり暗くなっていた。

 しかし、いくつも立つ篝火かがりび橙色オレンジが、周りの銀色の葉をてらしまばゆい光景が広がる。


 大勢の、第一の民がいる。

 緑の髪の者が多く、何人かは、秋でもあざやかな緑の稲穂いなほを手に持つ。みな笑顔で、広場の中央に目を向けていた。

 視線が集まる先に、薄衣うすぎぬで長い白髪の女。

 マルコは、彼女と双子が語らうのを遠くから見つめた。


 アオイが歓声をあげ、女に抱きつく。

 もぞもぞ恥ずかしげに、アカネも近づく。

 すると、遠目でもわかるほがらかな笑顔で、女は双子をまとめて抱き寄せた。

 その時、女の髪が黄色に輝く。耳に染み入る楽しげな笑い声と黄金きんの光は広がり、取り巻く樹木の葉までが金色こんじきに染まる。


 思いもよらぬ光景に、マルコは我を忘れて見入った。

 すると誰かが、彼の肩を握る。


「行こう。今夜はきみ主賓しゅひんのようだ」


 ほおが少しこけたが、控えめな笑みをとり戻した、エルベルトだった。


     ◇


 東の空に、わずかに欠けた丸い月がのぼる。


「なにが見えますか?」


 背後から、頭に響く声がして、マルコはふり返った。

 今は紫の髪が広がるエルフの女王、アカネとアオイの母『七色なないろきみ』が微笑ほほえんでいる。

 マルコは考えてみたが、月を綺麗きれいだと思うものの、特別な言葉は浮かばない。

 正直に答えた。


「きれい……だけど、なにも」


 エルベルトが、横からはらはらした顔でこちらを見つめる。

 だが女王は、笑顔のままほおが染まり、紫の髪がしばし桃色に変わる。


「卵の運び手、人ならぬ人、……春の英雄。イケメン? 狩人、マルコ。その前は––––」


「あ、あの!」


 言葉をつらねる女王に、マルコが口をはさむ。


「たまごってどういう意味ですか? 人ならぬ人もそうだし、わからないことだら––––」


「あなた自身が」


「え?」


 女王の髪が、淡く柔らかい緑になり、興奮したマルコの気分は安らぐ。

 七色なないろきみは言った。


「称号を重ねても、あなたがまだあなた自身を知らないから。月を読むのは難しい。

 あなたは我らの運命。共に歩む、道づれ」


 マルコは、目の前の浮世離れした女の優しさは感じたが、言ってる意味はやっぱりわからなかった。

 頭を抱えていると、女王が告げる。


「卵とはたまご。第三の神の悪意のみなもと。充分に育てば、悪意の化身けしん、サマエルが生まれるでしょう。それも、あなたに必要な––––」


「えぇ?」とすっかり狼狽ろうばいし、マルコは腰の袋に目をやる。

 だがしかし、アカネが目を見開き叫んだ。


「大丈夫だマルコ! 俺がそばにいる!

 なにがあっても、お前を守る!」


 その時、女王の髪は赤く燃え上がり、息子を見つめいたずらっぽく口のはしを上げた。

 アオイも叫ぶ。


「わたしも! 街で、み……見つけてくれたから……」


 すると女王の髪は青く沈み、娘をあきれた顔でながめる。


「アオイ、あなたはそうじゃないでしょ?」


 そう言って、エルフの女王は、エルベルトをはじめ瞳が光る第一の民を見回した。


「さあ、いざ! 十六夜いざよいうたげ!」



 アルバテッラ、王都の東の森。

 その片隅が、十六夜の月の光にてらされ、まばゆい銀色に輝いた。

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