8 王都の傭兵隊。魔法ふたたび
王都の西の城壁は、いくつかの軍に守られていた。
貴族の子弟からなる、上級騎馬軍団。
戦闘と
さらに西区の民から
最後に、王都以外の者や賊あがりのならず者からなる、
とはいうもののほとんどが軽装の騎兵で、魔軍から逃げ回り、せいぜい
城の貴族からは、
まず馬に乗れるかを問い、マルコがうなずくと、ほっとした顔をして軍馬がいる
並ぶ馬が目に入ると、マルコの胸は高なった。
「いっぱいいますね! 選んでいいの?」
「いっぱいいるのは、いっぱい兵が死んだからだ。選ぶのは今度にしろ」
そう言って、メルチェはじろりとマルコを見上げた。
マルコは、はしゃいだことを反省し、おとなしくなる。
メルチェは次は家屋に向かって歩き出し、ぶつぶつ言う。
「使い古しだが、武器も鎧もたくさんあるぞ。持ち主を失ったからな。まずは新人どもに、一番大事なことを教える」
ガニ
◇
兵舎の中の講堂に、マルコ以外の傭兵志願の者もぽつぽつ座る。
入り口の扉の前には、禿頭の大男が立つ。脱走をふせぐためか、それとも別の理由か、扉の外をうかがいにらみをきかせる。
「これが軍隊か」とマルコは張り詰めた空気に緊張し、ごくりと
なぜか気の抜けたアルの笑顔を思い出し、「雰囲気、全然違う」と頭をふった。
おもむろに、メルチェが語りはじめる。
「お前らは志願兵だ。……違うのもいるが」
ちらりとマルコへ目をやり、続ける。
「皆それぞれ目的があるだろう。例えば給金目当て。食ってくために仕方なく。例えば、名誉のため。または、王都を守るという立派な考えもあるだろう。
だがしかあぁし!」
急な大声に、マルコはじめ新人兵はビクッとした。
隊長の大声が響く。
「われらの隊は頭をひとつにせにゃならん。だからお前らの考えは今この場で捨て去ってしまえ!
大事なことは一つ。生き残ることだ!」
「ん?」とマルコは疑問がわいたが、考える間に『隊のおしえ』の復唱がはじまった。
「ひとーつ!
無理せず急がず身をさけよう! ハイ」
戸惑うマルコが見渡すと、
大声のおしえが続く。
「ふたーつ! 逃げることは
本能なのだと自信を持とう! ハイ」
マルコは混乱し、壇上で大口を開ける隊長を見つめるばかり。
「ちゃんと続けー。
みーつ! 手柄も栄誉も生きてこそ!
壁より城より自分を守ろう! ハイ」
もはや、マルコは呆然として目を開く。
頭の中で叫んだ。
「いったいなんなんだ? この軍隊……」
◇
王都の目抜き通りに面した西区の宿。
そろそろ肌寒い屋外席で、アルとエレノアは温かいお茶を飲んでいた。
マルコの帰りを待っていたのだ。
大通りに目をやり、巫女エレノアは今日も都会の景色を楽しむ。
しかし、アルがまたもやため息をつくので聞いてみた。
「どうしたの?
アルはうなだれ、ぼそぼそ答える。
「いや。マルコに、全て申し訳なくて……」
ふっとエレノアの
通りを歩くあかぬけた人々と、そうでない人に目を向け考えた。
アルはマルコを召喚し、神の悪意の石マリスを王都に運んだ。ここでマリスを手渡し、旅の使命は
しかしもくろみははずれ、仲間はそれぞれ用事をこなすが、同じ大きな目標を見失ったままだ。
だがエレノアは、道が見えなくても、案外悪くない今の気持ちを、なんとかアルに伝えたかった。
「マルコってさ……不思議だよね」
「え?」
アルが驚いた顔をあげ、
「彼といるとね、自分はこうだ、と思ってたことがそうではなくなって。
新しい……意志が
アルの瞳が戸惑うが、エレノアは真剣なまなざしを向ける。
「アルが始めたことは、何かを変えるかも。
だって、これまでなかったことでしょ? だからいま答えがなくても、くじけないで、元気だして」
「エラ」とつぶやき、アルは手を伸ばす。
顔を赤らめるエレノアの手に、アルの指先がふれる。
そして、人の影がかかった。
「なんだ! ビックリしたよバール!」
あわてて手を引っ込め、アルが叫ぶ。
エレノアは赤面して居住まいを正す。
ふたりの前に、赤い目を見開く若ドワーフがつっ立っていた。
◇
昼間から、エールを片手に若ドワーフはご機嫌だ。
「……えぇと、それじゃ。その、鳥の羽?」
「
アルとエレノアが一緒に答える。
バールはげっぷをした。
「そう、それ。それを手に入れれば、あの、とんがり帽子の
「私は魔法を使えるようになるんだ」
アルがせっかちに答えた。
「でもマルコは……」とバールは口ごもる。頭の中に、二人の顔がもやもや浮かぶ。
どこに行っても屋根からあらわれ邪魔するアカネの笑顔。
そこで若ドワーフは、杯を飲み干しアルとエレノアをながめて言った。
「マルコは忙しい身だ。
それに僕も、陵墓の地下に用がある」
アルとエレノアは驚き、顔を見合わせる。
「じゃあ」とアルがバールに横目をやる。
エレノアも、若ドワーフを見つめた。
「一緒に行っちゃう?」
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