8 王都の傭兵隊。魔法ふたたび

 王都の西の城壁は、いくつかの軍に守られていた。


 貴族の子弟からなる、上級騎馬軍団。

 戦闘といやしの二つの役目をになう、王都神官戦士団。なお、旅の仲間だったドワーフ、ゴードン・ゴルディロックスは遊軍所属。今は、川賊の残党にそなえ、王都南東の治安につとめる。

 さらに西区の民から徴兵ちょうへいされる、歩兵軍。数も被害も最も多い、王都防衛の主力だ。


 最後に、王都以外の者や賊あがりのならず者からなる、傭兵ようへい隊。西壁の一番南を守る。

 とはいうもののほとんどが軽装の騎兵で、魔軍から逃げ回り、せいぜい牽制けんせいするだけ。

 城の貴族からは、無駄むだめしらいとみなされていた。



 傭兵ようへい隊長メルチェは、マルコに兵舎の案内をした。

 まず馬に乗れるかを問い、マルコがうなずくと、ほっとした顔をして軍馬がいる厩舎きゅうしゃへ連れて行く。

 並ぶ馬が目に入ると、マルコの胸は高なった。


「いっぱいいますね! 選んでいいの?」


「いっぱいいるのは、いっぱい兵が死んだからだ。選ぶのは今度にしろ」


 そう言って、メルチェはじろりとマルコを見上げた。

 マルコは、はしゃいだことを反省し、おとなしくなる。

 メルチェは次は家屋に向かって歩き出し、ぶつぶつ言う。


「使い古しだが、武器も鎧もたくさんあるぞ。持ち主を失ったからな。まずは新人どもに、一番大事なことを教える」


 ガニまたで歩く小男のうしろを、マルコはあわててついて行った。


     ◇


 兵舎の中の講堂に、マルコ以外の傭兵志願の者もぽつぽつ座る。

 壇上だんじょうには、小柄な隊長メルチェ。

 入り口の扉の前には、禿頭の大男が立つ。脱走をふせぐためか、それとも別の理由か、扉の外をうかがいにらみをきかせる。


「これが軍隊か」とマルコは張り詰めた空気に緊張し、ごくりとつばを飲む。

 なぜか気の抜けたアルの笑顔を思い出し、「雰囲気、全然違う」と頭をふった。


 おもむろに、メルチェが語りはじめる。


「お前らは志願兵だ。……違うのもいるが」


 ちらりとマルコへ目をやり、続ける。


「皆それぞれ目的があるだろう。例えば給金目当て。食ってくために仕方なく。例えば、名誉のため。または、王都を守るという立派な考えもあるだろう。

 だがしかあぁし!」


 急な大声に、マルコはじめ新人兵はビクッとした。

 隊長の大声が響く。


「われらの隊は頭をひとつにせにゃならん。だからお前らの考えは今この場で捨て去ってしまえ!

 大事なことは一つ。生き残ることだ!」


「ん?」とマルコは疑問がわいたが、考える間に『隊のおしえ』の復唱がはじまった。


「ひとーつ!

 無理せず急がず身をさけよう! ハイ」


 戸惑うマルコが見渡すと、覇気はきのない志願兵たちが、「むりせずいそがず」と続けて唱える。

 大声のおしえが続く。


「ふたーつ! 逃げることははじじゃない!

 本能なのだと自信を持とう! ハイ」


 マルコは混乱し、壇上で大口を開ける隊長を見つめるばかり。


「ちゃんと続けー。

 みーつ! 手柄も栄誉も生きてこそ!

 壁より城より自分を守ろう! ハイ」


 もはや、マルコは呆然として目を開く。

 頭の中で叫んだ。


「いったいなんなんだ? この軍隊……」


     ◇


 王都の目抜き通りに面した西区の宿。

 そろそろ肌寒い屋外席で、アルとエレノアは温かいお茶を飲んでいた。

 マルコの帰りを待っていたのだ。


 大通りに目をやり、巫女エレノアは今日も都会の景色を楽しむ。

 しかし、アルがまたもやため息をつくので聞いてみた。


「どうしたの? 陵墓りょうぼに行くの不安なの?」


 アルはうなだれ、ぼそぼそ答える。


「いや。マルコに、全て申し訳なくて……」


 ふっとエレノアのほおがゆるむ。

 通りを歩くあかぬけた人々と、そうでない人に目を向け考えた。


 アルはマルコを召喚し、神の悪意の石マリスを王都に運んだ。ここでマリスを手渡し、旅の使命は成就じょうじゅされるはずだった。

 しかしもくろみははずれ、仲間はそれぞれ用事をこなすが、同じ大きな目標を見失ったままだ。


 だがエレノアは、道が見えなくても、案外悪くない今の気持ちを、なんとかアルに伝えたかった。


「マルコってさ……不思議だよね」


「え?」


 アルが驚いた顔をあげ、巫女みこは微笑む。


「彼といるとね、自分はこうだ、と思ってたことがそうではなくなって。

 新しい……意志がいてくるようなの」


 アルの瞳が戸惑うが、エレノアは真剣なまなざしを向ける。


「アルが始めたことは、何かを変えるかも。

 だって、これまでなかったことでしょ? だからいま答えがなくても、くじけないで、元気だして」


「エラ」とつぶやき、アルは手を伸ばす。

 巫女みこの言葉の真意は理解できなかったが、しかし、彼ははげみをもらえた。


 顔を赤らめるエレノアの手に、アルの指先がふれる。

 そして、人の影がかかった。


「なんだ! ビックリしたよバール!」


 あわてて手を引っ込め、アルが叫ぶ。

 エレノアは赤面して居住まいを正す。

 ふたりの前に、赤い目を見開く若ドワーフがつっ立っていた。


     ◇


 昼間から、エールを片手に若ドワーフはご機嫌だ。


「……えぇと、それじゃ。その、鳥の羽?」


紺碧こんぺき雷鳥ライチョウの羽! 王墓のどこかにある」


 アルとエレノアが一緒に答える。

 バールはげっぷをした。


「そう、それ。それを手に入れれば、あの、とんがり帽子のが、魔法の杖を作って」


「私は魔法を使えるようになるんだ」


 アルがせっかちに答えた。


「でもマルコは……」とバールは口ごもる。頭の中に、二人の顔がもやもや浮かぶ。

 どこに行っても屋根からあらわれ邪魔するアカネの笑顔。地の霊ノームに会うたび目を見開き驚く、マルコのほうけた顔。

 そこで若ドワーフは、杯を飲み干しアルとエレノアをながめて言った。


「マルコは忙しい身だ。

 それに僕も、陵墓の地下に用がある」


 アルとエレノアは驚き、顔を見合わせる。


「じゃあ」とアルがバールに横目をやる。

 エレノアも、若ドワーフを見つめた。


「一緒に行っちゃう?」

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