9 妹探し

 王都西区。

 茶色の屋根が並ぶ中、ひときわ目立つ赤い風車がついた円形の屋根。


 そのはしっこで、赤髪の少年と、群青色のマント姿の騎士が口論こうろんしている。

 傭兵隊の講義を終えたマルコは、今なぜか劇場の屋根の上にいた。


「ちょっとだけって言ったじゃないか!」


 マルコの抗議へ、アカネは「シッ」と指を口にあてる。


「もう公演が終わる。見ろよ! あのスケベそうな奴ら」


 そううながされて、マルコも屋根から身を乗り出して見た。


 劇場の出口から、顔を赤く上気させた男たちが通りにあふれる。ごたごたして、貧しい西区の裏通りなのに、高貴な身なりもちらほら交じる。

 みな目を合わせず、恥ずかしげに顔をかくしていた。


「ここっ……て?」とマルコがふり返ると、赤い風車の前で、アカネが笑顔で手招きしていた。


     ◇


「追い立てるから、マルコはしっかりつかまえろ!」


 言うが早いか、アカネは風車小屋の扉を後ろ手で開ける。

 マルコは戸惑う。


「つかまえるって、お姉さ……妹さんを?」


 そう言う間に、アカネは小屋の中の梯子ハシゴを降りていった。


「なんだよ……もう」とマルコは屋根に腰をおろし、空を見上げた。ふり回されてばかりだけど、今はこうやって過ごした方が暗くならずに済む、と物思いにふける。

 それでも、腰のマリスをどうしようとあせりが込み上げ、おもむろに立ち上がった。


 とその時、目の前の扉がバタンと開いた。

 あおい短髪に、長くて派手な鳥の羽の頭飾あたまかざり。

 驚いた少女の瞳。


 マルコの瞳も驚いて開き、そしてじわじわほおが赤く染まる。

 少女の首から下は、小麦色の肌を必要最小限の布で隠すだけで、腰のひもから何本ものかざひもがゆれる。

 このうえなく、きわどい衣装だ。

 そして、耳に残る心地よい叫び。


「きゃあっ! やだっ、なんでそんなガン見なの? えっち!」


「ご、ゴメン!」


 とマルコが手で顔をかくす。

 するとわずかに風が吹いて、マルコがこわごわ手をおろすと、怒りに燃えるアカネの顔があった。


「なぁに……やってんだよっ!」


 捨て台詞ゼリフを吐き、アカネは駆け出す。

 鳥の羽をつけた半裸の少女は、すでにはるか向こう屋根の上を軽やかにけていた。


 呆然とするマルコ。はっと我に返り、頭を横にふる。


「考えろ。もう、二人には追いつけない」と思い、つらなる屋根をぐるりと見渡す。

 遠くで、少女が急に向きを変え、アカネが追った。

 マルコは気になり、少女が向きを変える前の方向へ、目をこらす。

 あの屋根のとなりに、海のようにあおい葉。青カエデの木が見える。

 彼は、東区で赤髪のアカネが登ったイロハモミジが、赤く紅葉したことを思い出した。


「いちかばちかだ……」


 マルコはつぶやき、もう一度、青カエデの方へ首を伸ばしたあと、風車の梯子ハシゴを降りて行った。


     ◇


 そこは西区の中ほどの安宿で、海のような色の葉が茂る立派なカエデがとなりあう。

 マルコは、木のふもとに近い物陰に身をひそめた。

 しばらくして、青カエデの樹上から楽しげな笑い声が舞い降りる。


「キャハハハッ! そう簡単に……」


 声が軽やかに着地し、長い鳥の羽がふわりとしなった時。

「せーのっ!」と声をあげ、マルコはマントで彼女を包みつかまえた。

 マントの中で少女がもがく。


「え! やだ、ちょっ、はなせヘンタイ!」


 何を言われようと、顔を真っ赤にしてマルコは彼女を離さなかった。

 すぐに、赤い髪も舞い降りる。


「……やった! さすがマルコ!」


 アカネが上機嫌な笑顔を見せた。


     ◇


「だあって、お母さんがシャカイベンキョーしなさいって!」


 安宿の簡素な部屋。

 細身の革鎧に着がえた少女、アカネの双子のアオイが泣きじゃくっている。

 警戒するように、アカネは窓の外の青カエデに目をやりつぶやく。


「だからって、あんな格好かっこう––––」


「うわああぁぁん!」


 アオイは手で目をこすり、子どものように大泣きした。

 が、アカネの目は鋭いまま。


「油断するなマルコ。これ、嘘泣きだから」


 と、戸口をさえぎるよう指さす。


 いたたまれなくなり、マルコはアオイに優しく声をかけた。


「まあ……とにかく兄妹きょうだいそろったわけだし。

 エルベルトと森に帰る––––」


「そうだ、どうすんだ? 十六夜いざよい、今夜だ」


 急にアカネが、大声をあげる。

 するとアオイは泣き止んで、まなざしが落ち着いた。


「そうだね。陵墓の北って言われてた」


 なんの話かわからないマルコが二人の顔を見比べると、アカネが説明してくれた。

 第一の民にとって大事なお祭り、『十六夜いざよいうたげ』が今夜開かれるというのだ。

 そこで、アオイが月をみるのが大事な儀式とのことだった。


 マルコは、なにやら素朴なことにアカネとアオイが必死なのを見て、しみじみ心が洗われた。

 さわやかな笑顔を見せる。


「お月見かあ。いいね。楽しんでおいでよ」


「なに言ってんだ? お前も一緒だぞ?」


 すかさずアカネが答え、マルコはギョッとする。「な?」と口からもれる前に、アオイが応じた。


「ええぇ? 退屈な行事、かわいそうだよ。別な時に遊ぼうよ」


 またもアカネはすばやく首を回し、真剣な目でアオイを見つめる。


「こいつが『たまごを運ぶ者』なんだよ!

 そして俺は確信してる。この、マルコこそ『人ならぬ人』だ」


 またも話の行き先がわからなくなり、マルコは引きつった笑顔で、少年と少女に見えるエルフの双子をながめた。


 しかし、碧髪へきがみのアオイは遠く見すえるように瞳が開く。

 驚愕きょうがくして、マルコの顔を見つめた。


「もう……目覚めざめがちかい?」

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