1 みやこのあるじ。友との再会

 雲ひとつない紺碧こんぺきの空に、白い老人の指が伸びる。

 細い指にはめた指輪を、王都の天守の塔オベリスクへかざす。

 塔の先には、昼間の星となった神の善意、グリーがかがやく。その光が、指輪を飾る宝石のように重なった。


「ほっ!」と笑い声があがる。

 王城の露台ろだいに座る老人は上機嫌になった。

 王都のグリーを自らの指輪の光と見立てるのは、彼のひそかなあそびだ。


 アルバテッラの王その人、サノスレジム・ロムレス・ウルヴズハートは、露台ろだいから万もの屋根を見下ろす。

 真っ白な顎髭あごひげを片手でなでながら、100年に渡る治世ちせいいつくしんだ。


 東の脅威は随分と昔に過ぎ去り、近ごろは西の危機を声高こわだかに叫ぶ者がいる。

 だが、彼にはどうでもよかった。

 事実、城をてらすグリーは今この瞬間にも光り輝き、都市は栄えているではないか。

 西区の苦境についてしらせを受けるが、実感はない。

 そもそも、王都の西へと足を運び、人々の暮らしを見たこともない。


「一時の苦難も、民は笑って耐える。

 ……サルメも、そう申しておる」


 王は独りごち、お気に入りの道化師の言葉を信じた。


 つかの間の苦難など、恐れるにおよばない。

 それより、神から受けた自らのめぐみがいつまで続くのか。彼には、そちらの方がずっと気がかりだった。

 歴代の城仕しろづかえもみな、王の若さに驚く。


「あるいは、神の善意と一体となったか?」


 ほうけたようにあごが動く。やはり真っ白な、長い髪がれた。


 彼は、深まる思いに身をひたす。

 このまま自らの統治が続くなら、後継こうけいは、不要では?

 おりにふれ、まわりの者にそう問いかけた。


 王が何かを指示することは決してない。

 しかし、城内の勢力争いは激しさを増し、彼の子女は次つぎと不慮の死を遂げた。

 彼は内心、それすらも意に介さなかった。


 残りは、末子のレジーナのみ。


 どこまでもさわやかな秋の青空のした。

 露台の玉座に座り、白金の王冠をかぶった老人が、天に向かって顔を上げる。

 王を取り巻くものは全てが白く、ほかの色など、いっさい寄せつけなかった。


     ◇


「あれが、アルが出た学校?」


 黒髪をかき上げ、マルコが晴れやかに聞いた。

 遠くそびえるとんがり塔を見上げ、アルの胸に喜びがこみ上げる。


「そうだよマルコ。よくこの使命に耐えてくれたね。もうすぐだ」


 白い大理石の建物が並ぶ、王都東区。

 秋晴れの夕方も、都会の通りは明るくきらめく。

 綺麗きれいに敷き詰められた石畳の大通りを、色とりどりの服を着こなす人だかりがうめる。

 その間をぬって、旅の仲間は王立魔法学院アカデミーに向かっていた。


 月の巫女みこエレノアはそわそわと落ち着かず、行き交う華やかな女たちの姿に見惚みとれる。

 違う民が着る、見たことない装束しょうぞくに驚く。

 やけに、明るい色の帽子をかぶる者が多いことにも気がついた。


 若ドワーフのバールは、多種族が集まるにぎわいにも無関心。長身のアルと小柄なマルコの背中を追って、黙々と歩く。

 しかし、頭の中は王都の取引に思いをせていた。

 荷はすでに宿に置いてある。

 その中であつかうしなといえばやはり、あの呪われた大剣だろう。


 赤髪のアカネは、雑踏ざっとうの中で、同じ種族がちらちらと目に入るのが気になった。

 王都のエルフは、彼の赤い髪に気づくと、となり同士ひそひそと話した。

 アカネは王都でエルベルトとアオイを探すつもりだ。

 そのあとはマルコのつるぎとなって、彼があゆむ道につき合う予定。

 だがひそかに、こうも思った。


「ここに長居は無用だ」


     ◇


 魔法学院アカデミーの灰色の門。

 夕陽がてらす、ふたりの待ちびとを目にして、アルの口もとがゆるむ。

 百日間も咲くサルスベリの花を目指し、思わず探究者は駆け出した。



 仲間を背に、アルは息を切らし旧友と向かい合う。

 つばの広い帽子に指をあて、照れたように顔を赤らめる小柄な魔女。

 右は、怜悧れいりな目でこちらを見つめる、銀髪の美青年。


 見つめ合う三人の顔は、まだまだ若い。

 だがそれぞれが、それぞれのつとめの途上とじょうにあって、表情からは甘さが抜けていた。


 右の先導者が、口火を切る。


「無事の帰還を歓迎する。探究者」


 帽子のつばを上げ、研究長が続く。


「探究者。ここ王都での支援を約束します」


 だがしかし、探究者アルは涙と鼻水で顔をくずした。


「ジーン! リア! 会えて嬉しいよ〜。

 これまでもうほんっと大変で––––」


 アルは長い腕を広げ、研究長コーディリアと先導者ユージーンに抱きついた。

 みっともなく、おいおいと泣く。


 ユージーンは心底嬉しそうにほおをゆるめ、アルの背中をたたく。

 コーディリアは、アルの腕が窮屈きゅうくつだったが「やっぱり変わんない」と安心もして、笑顔でため息をついた。


     ◇


 旅の仲間5人と、アルの学友二人の紹介が済むと、一同は塔の入り口を見上げた。


 さみしそうに、補佐官のユージーンがいとまを告げる。


「アル、俺はもう行かねばならない。次は、王との謁見えっけんだろう。

 マルコ殿、改めてようこそ王都へ!

 また会いましょう」


 彼の涼しげな目に見つめられ、マルコは緊張のあまり返事に迷った。

 すると白いマントをひらりとさせて、ユージーンは行ってしまった。


 コーディリアが、アルを横目で見る。


「彼が王女から離れるなんてめったにない。よほど会いたかったのね」


「忙しいんだねぇ」と、アルは間の抜けた返事をした。



 塔の玄関は高い弓形の扉で、コーディリアが携帯杖ワンドでふれると、光を放ち扉は消えた。

 驚くマルコとアルへふり向いて、彼女は「どうぞ」と言ってニヤリとする。


 中に入り、マルコは驚いた。

 塔の内側は想像より広く、石の廊下が遠く伸びる。真ん中は、はるか上部へ渦を巻いて上がる螺旋らせん階段。

 見上げると、彼方かなたの上層まで、宙に浮かぶ通路がいくつも重なって見える。


 ふいに鐘の音が鳴ると、廊下の両側の扉がバタバタと開き、研究長と同じ帽子の子どもたちが姿をあらわした。


「急いで! 早くこちらへ!」


 コーディリアが、アルとマルコのうでをひっぱり、右のくぼみに引きずる。

 ほかの仲間もあわてて続いた。が、最後のアカネが陽気に手をふると、奇声を上げて、子どもらが突進してきた。

 ぶつかる寸前、一行を乗せる石床が一気に浮遊。


 上昇する石床の下から、子どもらの落胆する声をマルコは聞いた。

 研究長は、マントの前をあわただしく直す。


「幼年部は、小鬼ゴブリンのように厄介なの」


 法衣ローブをなびかせ、アルは叫ぶ。


「見違えたよ! あの扉も、この浮遊石も。すっかり進化している!」


 得意になり口を開いたコーディリアだが、ふっと表情が沈んだ。

 不思議に思いアルとエレノアが顔を見合わせると、石床が止まる。

 研究層に到達したのだ。


 研究長は重たい口を開く。


「大事なことなので、先に言わないと」


 彼女は、異邦人マルコをじっと見つめた。


「アル。最後の手紙でもらった依頼には、こたえられそうもない」


「そんな!」と目をむくアルの前で、研究層の扉が開く。

 すきまからさす光に、バールは思わず目を細めた。


 開いた先は大きな窓が並ぶ広間で、法衣ローブ姿の大勢の研究者が立ち働く。

 赤い西日がてらす中、白い光が夕べのほたるのようにいくつもまたたいていた。


 無数の光を背に、研究長が告げる。


「アル、ここは神の善意を研究する場。

 ここに……いや、アルバテッラのどこにも、神の悪意を無にしたり、置いて良い場所など、どこにもないの」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る