7 反抗期
大河の流れを、ヌーラムの川岸でながめる男がいた。
つばの広い旅人の帽子で顔を
かたわらには長い長い弓。
川の光で、黄緑色の髪が
南の森でマルコと出会った
近くから、声が届く。
「『
ぎょっとして、エルベルトは声の
赤茶色の
午後の日差しをうけて、赤い髪は燃え上がるような火色だ。
数日前、水上料理店の舞台で舞った、アカネと呼ばれる少年だった。
動揺を
「なぜ、ふたつ名で? エルヒノア様––––」
「あーっ! ここでは……アカネと呼んで」
さらに
「
「もう芸名にしちゃったんだ。エルベルト」
アカネは悪びれた様子もなく、エルベルトのとなりに座ると、いたずらっぽい笑顔を見せた。
◇
並んだ背中をはたから見ると、仲の良いエルフの
しかしエルベルトは、くどくどとお説教を続けていた。
「いったい、『
「あー……大丈夫だよ、母上のことは。
こうしてエルベルトとおち合うって言ってるし!」
アカネの言葉にエルベルトは
第一の民、最古の血統である双子の安全について、彼が責任を負わされている。
エルベルトは半開きの口を閉じると、鋭い目つきになる。
「……『その日』は近い。『
「『星を読んでも』だろー? わかってるよそんなの。あー、ヤダヤダ。
なんで、おれらばっかりこんな––––」
アカネの反抗的な態度に、エルベルトは帽子を脱いで頭を抱えた。
年上のこの少年は、かつて自分に狩りを教えてくれた、兄のような存在だ。
やがて背を追い抜き、エルベルトが精神的に大人になっても、彼の成長は遅いまま。
最古の血統は、すなわち、最も長命な種族だった。
そして彼は反抗期に入り、それがもう、ここ50年ほど続いている。
エルベルトは、まだふてくされているアカネを横目で見ると、片方の長い耳に指をあてた。
「とにかく! 里を離れ、
それで……『
アカネは、いつの間にか口にくわえた、ネコジャラシの草をゆらす。
「ひ、めぇ〜? まぁだそんな呼び方してんの? あいつはアオイで充分だって!
アオミドリでもいい」
エルベルトは、両手で髪をかきむしりながら、叫ぶように問い
「ではアオイ様は! 彼女は今どこに?」
おもむろにアカネは、河の向こう岸を指さす。
「『いまのうちだよっ』って、向こうに」
エルベルトは、––––この男には本当に
「行かせたのか? 止めずに、そのまま行かせたのか?」
揺さぶられながら、アカネの赤髪がぶらぶらとゆれる。されるまま彼は「『やめ、とけ……ば?』って言ったん、だ、けど」と、言葉をもらした。
午後の太陽で、のんびりと
やがて背が高い方の影が、両手を自分の頭にやり、大きくのけぞる。
そして
◇
大河マグナ・フルメナの広大な流れから、小さな支流が別れる。
本流はそのまま西の深い森へ消え、別れた小川は、だんだんと下る坂に沿って流れた。
その小さな流れの途中、木陰の脇におんぼろ馬車が止まっている。
「うまい! 冷たいトマトとキュウリ。
もう、最高!」
汗を流しながら、マルコが無邪気な声をあげ野菜にかぶりつく。
両手にトマトとキュウリを持ったバールは、信じられない顔でエレノアを見た。
「本当に、よく、冷えている。
い、いったいどうやって?」
「私は、水の魔法も使えるから。
荷物を見たとき、こう、ちょちょっと」
と答え、エレノアは照れたように笑った。
バールは野菜に目を落とすと「
少し離れた
その姿を見ながらエレノアは、ヌーラムの月の院を出るときのことを思い出した––––。
◇
石造りの玄関を出る前、アルの背中はまだためらっているように見えた。
エレノアは、遠く後ろから見送る巫女長の視線を感じながら、アルを見上げる。
アルは、歩みを止めてふり向いた。
「言わねばならない事があって……」
エレノアは静かに見つめ、続きを促す。
アルは、声をふり
「今は、きみを守り通せるか、わからない。私は……召喚術に全ての魔力を注いでいる。
驚いて、エレノアの瞳が開く。
アルはうつむいた頭を上げると、彼女に頼んだ。
「だからエラ。この仕事できみには、
やがてエレノアの頬が染まり、小さくうなづく。見上げると、院の出口の逆光で、アルの
◇
冷たい野菜や飲み物に大喜びするマルコとバールの姿を見て、エレノアは満足した。
だがしかし、彼女は
アルは戦いでの水の精霊術に期待をしたのだが、いま彼女は、何事においても全力を尽くし、一生懸命だ。
長く単調だった
エレノアがそんな事を考えていると、遠くからマルコの歓喜の叫びが聞こえた。
「みんな! こっちに来てごらんよ!
すっごい
木立の端に立つマルコのもとへ、若ドワーフ、月の
木々がなくなった先は切り立った崖になっていて、下の遠くに砂浜が見える。
快晴の空の下には、どこまでも青い海が広がる。
そして、ムクムクと丸みをおびた入道雲がこちらを見ていた。
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