5 アオイとアカネ

 ヌーラムの夏の夜。

 水上料理店の客席は、絶好の特等席となった。爆発音がとどろき、大河マグナ・フルメナに花火があがる。

 夏の夜と、見つめる人々の瞳を、あざやかに染めた。


 さざ波がおさまるように会話はやみ、水上の舞台で、軽快な演奏がはじまった。


「何がはじまるの?」


 興奮したマルコが、アルに顔を向ける。

 となりでバールも小刻こきざみにうなづく。

 アルは得意げに返した。


「花火と音楽! これを見せたかった!」


 するとグラスを口につけたまま、エレノアがじっとアルを見つめる。アルは、おどおどして付け加えた。


「エラに……せが……提案されてね」


「すごいよエラ!」とマルコは叫び、星空と水面に浮かぶ舞台を見る。

 はしゃぐマルコと若ドワーフを見ると、エレノアはグラスを置いて、満足げにニッコリと笑った。


     ◇


「アオイ! アカネ! さあ、いいぞ!」


 水上の舞台から大声があがった。

 するとマルコの背後で、耳に残る心地よい笑い声がする。


「キャハハハハッ! はやく早く!」と楽しげな声にかぶさり、「ちょと、ちょっと待てって!」と若い男の声。


 マルコがふり返ると、両手に花火をもったましらのような影が客席の上をんでいた。

 星空を背景に、俊敏な二つの影が回転するたび、花火が光の円を描く。

 マルコが見惚みとれていると、人影はあっという間に近づき、頭上に消えた。


 そしてテーブルの上でトンッと音がする。


 音がした方へふり向くと、マルコの目の前に、あおい短髪と、かがやく銀の髪飾りカチューシャがある。


「アタタタタ……。あっぶなっ!」


 耳に残る声のぬしを、またたく花火の明かりで、マルコは見た。

 舞台衣装は、小麦色の肌が必要以上に露出する。

 顔のすぐ下、小さな衣服の隙間すきまから、ささやかな胸がのぞき見えた。

 碧色あおいろの髪の少女は、マルコに向けていたずらっぽく微笑ほほえむ。


「ふふ……ごめんあそばせ––––」


 言うが早いか少女は宙を舞い、一瞬で舞台へとび去った。


「ふん! エルフめ!」と、茶髪のドワーフ、ゲオルクが毒づく。

 しかしそのあとも、マルコはしばらくの間、放心したままだった。


     ◇


 観客もマルコの一行も、舞台に目が釘付くぎづけになった。

 小気味こきみよい演奏に合わせ、ふたりは軽快に舞う。

 碧髪へきがみの少女が、楽しくてしかたがない様子で笑顔をはじけさせる。

 赤髪の少年は、愛想あいそはないが動きにキレがある。

 表情は違っても顔形はそっくりで、双子のようだ。


 やがて観客が、調子を合わせてパンッパンッと手拍子をたたく。

 ドンッドンッと甲板の床をふむ。

 舞台のふたりが、夏の夜空に高く宙返りをすると、大きな歓声も舞い上がった。


 だがしかし、舞い手の間に不穏ふおんな空気がただよいはじめる。


「……そこ……ジャマだって」


 踊りながら、少年が小声をもらした。


「そっちこそ、まちがえてるよ!」


 あおい髪の少女が反発する。

 観客も、妙な空気が伝わり気まずくなった。


 ふいに赤毛がね、あおい頭をむ。そして意地悪いじわるな笑顔をして宙返りする。と、観客は動揺して「ふうううぅぅ!」と、やじった。


 だが頭を手でおさえる少女は「も〜う! ゆるさない!」とぶと、笛を吹く奏者の頭を踏んでさらにび、少年に組みかかる。

 その奏者はあわてて頭に手をやった。


 驚くマルコがふり返ると、アルがよく見ようと身を乗り出す。


「アカネ! アオイ! けんかはやめろ!」と、演奏していたドワーフが太鼓を投げた。


 太鼓は正確に、宙で取っ組み合う双子にぶち当たる。と思われたが、ふたりはそれも踏み台にして、舞い上がった。

 そして舞台を飛び出し、大河の水面に落下する。


「川に落ちる!」とマルコが手で目をかくすと、指の間から不思議な光景が見えた。


 双子のエルフは、水も踏み台にして、ねた。


「あやまれ! あかっ毛!」「追いついけるかよぉ、アオミドリ」などとののしり合ってふたりは走る。風のように客席を横切ると、外の暗がりへと逃げ去った。


 大きく目を開いたまま、アルがつぶやく。


「ただのエルフじゃない……古代エルフだ」


     ◇


 二日後の朝。

 大河マグナ・フルメナに沿う街道。

 おんぼろ馬車が、ガタゴト音をたてながら西へと向かっている。

 その屋根に、黒金くろがね金属輪鎧リング・メイルを身に着けるマルコが座っていた。


 結局、一行は橋の封鎖がとけるまで、路銀をかせぐために西の村へ行くことに決めた。

 あの夜、水上料理店で、アルが深刻そうな顔をして提案した。

 その時もマルコは、「きっと、魚が食べたいだけだ」とエレノアに耳打ちした。

 エレノアは嬉しそうに微笑んで、マルコに向けて片目をつむった。


 バールとゲオルクは口々に賛成して、一日だけ準備させて欲しいと訴えた。

 出発の時には、馬車の荷物が大幅に増えていて、マルコは居場所にも困った。


「チッツ! チッチッ」


 御者台から、バールが舌を鳴らす音が聞こえる。

「どうやって出すんだい?」とアルのよく通る声もする。

 アルは、馬車馬の扱い方をバールから学ぶんだ、と張り切っている。

 荷台にはエレノアがいる。

 彼女が目の前で平気で着替えはじめたので、あわてたマルコは屋根に逃げてきたのだ。


 馬車にゆられながらマルコは、今朝、出発した時のことを思い出す。

 バールの伯父おじゲオルクが、街道沿いで涙を流しながら、よごれた汗ふきをふっていた。

 バールも涙を流しながら、マルコには意味のわからないかけ声をあげた。


 マルコは、ゴードンともゆっくりお別れができたら良かったのに、とさみしかった。

 そもそも、王都へ入れないと初めて聞いた時は、気が遠くなって、南の端村はしむらが一気に恋しくなった。

 しかし、いろんな、出来事があって、今は3人の仲間と旅をしている。


「まぁ……なるようになるか……」


 屋根の上から遠くをながめて、マルコはつぶやく。


 大河の向こう、朝日が差すところで、どこかの高い建物が、きらりと光を反射した気がした。

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