22 虹色の大木の下での旅立ち

 大木の緑の葉を朝日が照らす。

 葉が茂った枝の間には、板でできた小屋が見える。

 日が昇り、光りが下まで伸びると、幹は虹色に輝き出す。


 翌日の早朝、三人は、ユーカリの大木のそばで、別れる前の語らいをしていた。


「……それじゃあ、いろいろと、お世話になったね。エル……ベ……ルト」


 橙色オレンジの髪を朝日で反射させて、杖を持った若者が、しみじみとそう言った。

 杖の先には、暗く丸い形の袋がかぶさっている。


「エルベルト、本当にいろいろありがとう。

 ……どうしても、一緒には行けないの?」


 黒い髪の小柄な青年が、懇願するように話す。

 腰には、きらびやかな鞘と、そのとなりには暗い色の袋がしっかりと結ばれていた。


「アルフォンス、マルコ、こちらこそ心から感謝する。


 ……そうだな。上の……セバスティアンの小屋を整理しないとな。

 喜ばしいことに、もう必要もなくなるだろう」


 黄緑色の髪を輝かせながら、狩人姿の者が、そう答えた。

 彼は、若者に見える時もあれば壮年に思える時もあり、年齢が不詳だった。


 しばらく三人は思いにふけり、それぞれが目を交わした後、やがてエルベルトが話しはじめた。


「アルフォンス・キリング、この地で二番目のグリーを用いる者。

 そしてマルコ、神の悪意、マリスを携える異邦人。


 神の善意と悪意を王都へ運ぶ、旅の仲間、か……。

 ……つくづく、妙な組み合わせだな。

 アルフォンス、前途は多難だぞ」


「ああ! 心得てるよ、エルベルト」


「……まさか、お前の『研究』が、こうして花を咲かせる日が来るとはな」


 エルベルトが、マルコの姿をしげしげと眺めながらそう言うと、アルは下を向いて少し涙声になった。


「……十年かかった。

 魔法学院アカデミーを出て、この地で研究が実を結ぶまでに」


 マルコは、アルをちらりと見上げた後、その涙には気づかなかったふりをした。

 ふと、エルベルトが朝日に目を向けた後、こちらに向き直った。


「日も昇った。私にどれだけ判別できるか分からないが、一度、そのマリスの石を、遠目でも見せてもらえないか?」


 アルは目をむいて即座に反論した。


「やめたほうがいい!

 夕べ、あんなに話したじゃないか? 私の身に起きた事を」


「……少しの間だけだ」


 エルベルトも譲らなかった。

 マルコは二人に見られて板挟みになり、困ってしまった。そして、沈黙に耐えられなくなり、ごそごそと腰から袋を取り出しはじめた。


 アルは憤りながら、大股で歩いてユーカリの木から離れ、別の大木の影に隠れた。


「マルコ! 終わったら教えて!」


「……わかった」


 マルコは、この気まずい雰囲気を早く終わらせたくて、袋から何気なく石を取り出した。

 瞬間、鋭い声がかかる。


「もういい! マルコ、わかった。充分だ。

 …………悪かったな」


 エルベルトは片手で横に向けた顔をおおい、もう片方の手のひらを、拒むようにこちらに向けていた。

 マルコはいそいそと石をしまった。

 アルは、二人の元に戻ろうと、ゆっくり歩きはじめた。



 そんな気まずい一幕も、朝の光りのぬくもりが、すぐに溶かして流してくれた。

 三人は手を握り合って、改めてそれぞれが謝意を伝え合い、「さよなら」を言う。

 アルとマルコは連れ立って、次の目的地に向けて旅立った。

 とはいっても、次の目的地について、二人の意見は今だにまとまってはいなかったのだが。


     ◇


「ねえ、アル。一度、端村に戻ろうよ。ちょっとの間だけ。

 せめて皆にお別れの挨拶をしたいんだ」


「……マルコ。それじゃ、次の休憩場所についた時に、また話し合おう。

 ……シェリーや小熊亭の夫婦に会いたいんだね?


 …………セバスのかたき打ちもできたしね」


 アルはそう言うと、朝日の方に顔を向け、まぶしそうに目を細めた。

 マルコは、気まずく思いながらも、朝日が照らすうちにと思い、聞いてみた。


「……セバスティアンさんは、あの小鬼ゴブリンにやられたんだよね?

 なぜ、あんな所に一人で……」


 アルは「それ、君が言えるのかい?」とつぶやきながら少し微笑んで、だが、マルコを真っすぐに見て話した。


「……セバスは、マリスにあの洞窟に来るよういられたのだと思う。

 その……」


と言ってアルは、マルコの腰の袋にちらりと目をやる。

そして彼は、放心したように、うつろな目をして語り続けた。


「悪意の石は、自分のあるじを、より強い者にしたいと考えたのかもしれない。

 セバスが、その候補だったんじゃないだろうか。


 呼び出されたセバスは、あのあるじだった小鬼ゴブリンと対峙させられた。

 ……彼は、……一連の事に……抵抗する事が、できなかった。そして……」


「わかった! ……なんとなくだけど、そういうことなんだよね」


 マルコは、はじめ自分にはピンとこなかった、腰にある黒い石が及ぼす力の恐ろしさを思う。

 その悪意が通り過ぎた後の、周りの人々の哀しみと苦しみ––––シェリーや、小熊亭の夫婦、エルベルトも、そしてきっとアルも、みんな喪失感を抱えたままだ––––に、改めて思いをはせた。


 森の新鮮な空気を体に入れて、気持ちを入れ替えようと深呼吸をしたマルコは、なんとなく後ろを振り返った。

 そして、声をあげた。


「アル! ほら見て!

 エルベルトがまだあんなに手をふってるよ。帽子まで脱いで」


 それを聞いたアルは、はっと顔を上げて、すかさず振り返った。


 エルベルトが、帽子を脱いで、精いっぱい腕をふっている。

 遠目でかろうじてわかるのは、彼は、片耳だけが長く尖って、黄緑色の髪からその片方だけが飛び出していた。


 アルは、その姿を目にしながら、口もとをゆるめていた。

 マルコも、エルベルトに向かって腕ごと手をふって返しながら、つぶやく。


「……エルベルトは、なんだか……不思議な人だったなぁ。

 また、会えるだろうか? …………また、会いたいな」


「必ず会えるよ。旅を続けていればね」


 そう言ってアルは、優しい笑顔になって、マルコを見て続けた。


「……彼には、高貴なる第一の民、すなわち、森をいろどるエルフの血が半分だけ流れている。

 ハーフエルフなんだ」


 そしてまた、アルは好奇心で目を丸くして、マルコを見ながら続けた。


「彼は、生まれ故郷では、いじめられることも多かったらしいよ。

 だから! たいてい一人で過ごせる、狩人になった」


 それを聞いたマルコは、うんうんと考え込んでいた。

 アルは、何を聞かれても答えてやろう、できれば冗談でうまく切り返して、マルコを笑わせてやろうと身構えていた。

 しかし、マルコの反応は、アルの予想外だった。


「……アル、……この際だから聞くけど、……エルフって、何?」


「……………………。

 え! そこ? そんなとこから?

 ……えぇと、いやー、エルフって……言葉だけでも聞いた事ない?

 おとぎ話とか、なにかの詩とかで」


 無言で顔を向けて、眉間にしわを寄せるマルコを見て、アルは大げさに顔を上げ手で目をおおった。

 最後に彼は、よく通る声で、こう言った。


「これはやっぱり、次の目的地は、あそこしかないよ!

 マルコ、君にはまず、この地の事を、もっと知っておいてほしいから––––」


 歩きながらさかんに語り合う、背の高い魔法使いと小柄な剣士の後ろ姿を、朝の光りが照らしていた。

 二人は今、朝日を背に、なおも森の中を通って、進み行くようだった。


     ◇


 はずれ森のどこかの木のこずえに、小鳥が留まっている。

 体の羽は、黄色がかったくすんだ緑色で、名の通り、目の周りだけが白い、メジロだ。


 その小鳥は、ユーカリの大木の下、帽子を持った手を、大きくふっている男の、背中を見下ろしていた。

 やがて、男が手をふることをやめると、小鳥は羽ばたいて、その男の肩を目指して飛び立った。


 旅立った二人が向かった方を見つめたままのエルベルトの肩に、その小鳥が留まる。

 そして、チィチ、チチ……と可愛い声でさえずりはじめた。

 エルベルトはなおも同じ方を向いたまま、髪から出た長く尖った耳のそばで鳴く、その小鳥に答えるかのように、低く甘い声でささやいていた。


「……ええ……はい…………その通りです…………いえ、それは…………この目で見たので間違いありません。………はい。


…………たしかに『卵』は、北へ…………」


 不可思議な会話が終わると、その小鳥は再び羽ばたく。


 日が差し込むユーカリの大木の葉の隙間をあっという間に過ぎ去り、はずれ森の屋根を越えて、木々を見下ろす青空まで飛び立つと、右手には、くすんだ屋根が立ち並ぶ集落がのぞめる。


 飛んでいる方向の、少し左手には小高い丘があり、遠くには石柱が並ぶ光景が映る。

 小鳥が慌ただしく右に旋回すると、右手には、はるかかなたまで白い山脈が続いている。

 正面には、様々な色に彩られた、雄大なアルバテッラの平野がどこまでも広がっていた。

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