アキバモエモエ

いありきうらか

アキバモエモエ

アミは駅前の喫茶店で一人、スマホを触りながらユキを待っていた。

夏休みの間だけ染めた金髪を左手で意味もなく触る。

右手では、メグミからのメッセージに返信する。

スマホの画面に反射した姿を、彼女ですらもまだ見慣れていなかった。

金髪のアキは一段とギャルっぽい、とユキにもメグミにも言われていた。

アミはギャルという言葉に嫌悪感を抱いていた。

アミにとっては、ギャルなど一昔前のダサい奴だった。

高校2年の彼女は、東京に対して強い憧れを持っていた。

夢は美容師かアパレル店員。

まだどちらにするかは決め切れていない。

東京の専門学校を探しているところだった。

彼女は既に東京での暮らしに夢を膨らませていた。

渋谷や原宿でオシャレな服を着て、カワイイ食べ物を食べて、イケメンと付き合って、写真を撮って、かつての同級生に見せびらかす。

田舎からこんな華やかなところに私はいるんだと、見せつけてやりたい。

東京に行けば、勉強しろ、と毎日うるさい親からも、センスのない同級生からも、離れることができる。


アミの隣のテーブルに、眼鏡をかけた男2人が来た。

男2人の姿を横目で見て、アキは「だっさ」と男に聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。

メッセージがスマホに届く。

『ごめーん、ちょっと遅れるわー』

ユキからのメッセージを確認して、返事はしなかった。

「自分からカラオケに誘ってきたくせに」

メッセージの代わりに本音を呟いた。

お気に入りのモデルの画像が更新されていないか、確認するためにSNSを開いた。


不意に、隣のテーブルの会話に耳を奪われた。

「こないだ東京行ってきたんだよ」

(…東京!こんな田舎者メガネが東京に?)

「おいおい、アキハバラ行ったのか?」

「そうそう、行ってきたんだよ、ついに」

(アキハバラ…?)

「どこ行ったのどこ行ったの?」

「まあ、ヨドバシは行くよな、あとアニメイトも行ったし」

(何それ、聞いたことないんだけど、人の名前?)

「いいじゃん、他は?」

「有名なソバの店にも行って、何といってもメイドカフェよ」

(ソバ?メイドカフェ?)

「うわ、行ったのか、メイドカフェ」

(メイドカフェ…なんだろうそれ、タピオカドリンク売ってそう)

「そうだよ、こういうときのためにお金貯めてたんだからな」

「いつかのための、ってやつね、で?どうだったの?」

「最高だよ本当」

「やっぱり?」

「そうだよ、テレビでしか見たことなかったメイドが目の前にいるんだぜ?」

(メイド?メイドがいるカフェだからメイドカフェ…)

「メイドさん可愛かった?」

「超可愛い、本当イメージ通りだった、白と黒のメイド服着てた」

(メイド服?ファッション雑誌でも見たことない…、メイドって何者?人の名前?モデルみたいなこと?)

「何食べたの?」

「オムライス、で、文字も書いてもらったし、おまじないもしてもらった」

(おまじない…占い?)

「モエモエジャンケンとかやったの?」

「やったやった、いやー本当にこれやるんだなあーって思ったわ」

(モエモエ?モエモエって名前のメイドが有名なのかな)

「うわー、アニメとかドラマだけかと思っていたよ」

「いや、本当にあるんだよ、いやーあれはハマっちゃうわ、俺も危なかったよ」

「ガチのファンだとカードとか買っていたりするんでしょ?」

「俺買っちゃったよ」

「うわ、ガチじゃん」

(カード…、アイドルの握手券みたいなこと?何なのそれ、モデルやってアイドルやって占いやっているモエモエ…誰それ)

「また行くしかないなって思ったね、バイトもっと頑張ろうって思った」

「お前お金使いすぎるなよ、アニメイトでも結構使ったんでしょ?」

「いやー欲しいフィギュアいっぱいあってさ、今日買わなかったらいつ買うんだ、って思って」

(検索してみよ、…モエモエ…ん?名前は萌えって書くのかな、あ、違うな)

「いいなあ、俺もアキバ行ってみたいわ」

(アキバ?)

「本当アキバはいいよ、お前もメイドカフェ行ってみな、絶対ハマると思うわ」

(あ、聞き逃しちゃった…、ん、アキバって名前?メイドさんがアキバモエモエってこと?SNSやっているのかな)

「あとは?何良かった?」

「これは本当予想外だったんだけど、ソバが良かったね」

(また出た、ソバ)

「アキハバラにソバのイメージ全然ないけどなあ」

「いや、美味しいところあるんだよ、検索してみな、評判いいところ出てくるから」

「…本当だ、たぶんここじゃない?」

「そうそう、そこのソバが美味しいんだよ」

(…ん、ソバは普通の蕎麦の話してる?本当の蕎麦っぽいよねこれ、ややこしいこと言うなよガリガリ)

「結構行列でさ、1時間くらい並んだんじゃないかな」

(…メイド服…メイド服…、え、何これ、超可愛いんだけど、初めて見たこんなワンピ)

「え?そんなに並んだの?蕎麦食べるのに1時間待つとか俺できないわ」

(うわ、着ている子も超可愛い、髪ツインテじゃん、こんなの見たことない)

「でもね、待つだけの価値あったよ、めちゃくちゃ美味かった」

「へー、じゃあ相当美味しいんだろうけどね、あ、話戻るけどメイドカフェは待たずに入れたの?」

「あーメイドカフェも1時間かな」

(あ、色違いもある、めっちゃカワイ…、…え、メイドカフェそんな並ぶんだ、タピオカと同じくらいじゃん)

「あ、でもそんなもんで入れるんだ」

「なんかね、空いている日だったらしいよ、イベントやっていたりして混むときは3、4時間並ぶって」

「マジかよ」

(マジかよ…タピオカ超えじゃん、何なのモエモエ…、ていうかマジで何こいつら流行の最先端じゃん)

「あーいたいた…お待たせー」

「お、来たか、思ったより早かったな…、入ったばっかだけど行くか」

「出よう出よう、しかし、久々だな3人で映画見に行くなんて」

「グッズ絶対欲しいからな」

やせ型の眼鏡3人が隣のテーブルから消えていった。


(行っちゃった…もっと聞きたかったなあ、モエモエの話)

(そもそもアキハバラってなんなんだろう、本当に地名かな)

アミは、すぐにスマホで「アキハバラ」を検索した。

「え、嘘、秋葉原ってこういう漢字なの?超カッコいいんだけど」

「ていうか東京、原多くない?都会なのに」

「ケバブ売ってんじゃん、え、マジでやばい」

「ってか、本当メイド服超可愛い、売ってるの見たことないんだけど」

アミは興奮のあまり、独り言が我慢できなくなっていた。

アミがスマホに熱中していると、ユキがようやくファミレスに到着した。

「ごめーん、遅くなったー」

「…」

アミはスマホの画面から目線を外さない。

「アミ?…もしかして…怒ってる?返事なかったしさ、ごめんね、遅くなって」

「…ユキ」

「…え、何?」

「私、高校卒業したら秋葉原に行ってメイドカフェで働く」

「え?」

ポカンとしたユキの表情と対照的に、アミの顔は期待に満ち溢れていた。

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アキバモエモエ いありきうらか @iarikiuraka

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