2. 権威という衣を脱いだ王様はただのおっさん
「それでは……レックスの受勲を祝って、かんぱーい!」
「乾杯!」
「…………」
俺達が晴れやかな笑顔でジョッキをぶつけ合う中、不貞腐れた顔でジョッキを持っている男が一名。何という事でしょう。彼の祝いの席だというのに、そんな態度が許されるでしょうか?
「おいおい、レックス。しけたツラしてんなって」
「そうだぞ。酒が不味くなんだろうが」
「っ!? 誰のせいでこんなやさぐれてると思って……!!」
レックスが反論しようと立ち上がるが、ライガは知らん顔で豪快にジョッキを傾け、プハーッと幸せそうに一息。それを見て、レックスはため息を吐きながら腰を下ろした。
「……もういいよ」
「想像力が乏しいぜ?
「おい今このバカ猫と同じ扱いしただろ。ふざけんな」
「あぁん!? 誰がバカ猫だって!? ふざけてんのはてめぇだろ!!」
「自覚あるから反応してんじゃねーの?」
「上等だ! 表出ろ!!」
「……やめておけ……」
いきり立つバカ猫をボーウィッドが一睨みする。
「……式典ですらあんなに注目を集めたんだぞ……ここでもその苦行を味合わされるこちらの身にもなれ…………ただでさえここは人間領で俺達は目立っているというのに……」
「うっ……」
「……ちっ!」
ボーウィッドに窘められ、ライガは乱暴に瓶を開け、自分のジョッキに酒を注いだ。ボーウィッドの言うように、ここはいつも俺達がバカ騒ぎしているブラックバーじゃない。それどころか、魔族領ですらない。せっかく人間領まで来たんだからこっちの酒を飲んでみたい、ってこいつらが言うもんだから、王都マケドニアにあるでかい酒場に足を運んだってわけだ。
それにしてもえらい見られてんなぁ……。まぁ、しょうがねぇか。魔族と人間の交流は盛んになってきたとはいえ、まだまだ多いとは言えない。しかも、ここにいる連中は魔族の重鎮達だ。俺が逆の立場だったらミーハー根性爆発させて凝視するわ。
「こいつらが来たらどうなるかくらい俺だってわかってたっての。だから、誘わなかっただろ?」
「んまー……そうだな。俺もクロに言われてきただけだから。多分、ライガもボーウィッドもそうだよな?」
「あぁ」
「……そうだ……兄弟に声をかけられた……」
俺がサラミピザを食べようとしていたら、みんなの視線がこっちに集まった。
「なんだよ? 俺はマリアさんから聞いただけだぞ? レックスが受勲するから見に行きたいんだけど、絶対に来ないでくれって言われたから行けなくて残念だって」
「あぁ? なんでマリアにそんなこと言ったんだよ?」
ライガが訝し気な顔をしながら見ると、レックスはバツが悪そうな表情を浮かべる。
「なんでって……照れくさいだろうが」
「……こりゃまた大層な理由だな、おい」
ジョッキで口元を隠しながら消え入りそうな声で答えるレックスに、ギーが呆れ顔を向けた。いや、気持ちはわかるぞ。俺も知り合いとかに見られたくねぇわ。まぁ、そのせいで俺の家ではフローラさんやフレデリカ達が集まって、ランスを可愛がるという名目で恐怖の女子会が繰り広げられているけど。
「そういやギガントとピエールは誘わなかったのか?」
「ん? ちゃーんと二人共声かけたぜ? ピエールは『我輩は人にとって恐怖の
「ピエールらしいな」
レックスが苦笑いを浮かべながらジョッキを傾ける。へー。最近魔族と仲良くしてるとは思ったけど、ピエールの性格まで把握してるとは驚いた。
「んでもって、ギガントは公共事業が忙しいらしい」
「公共事業? あー……コロッセオの建築か」
レックスが合点がいった表情を浮かべた。コロッセオ、つまり闘技場だ。なんかよくわからないけど、異世界転移者騒動が終わるとすぐにオリバー王が造るって言いだしたんだよな。しかも積極的に
「もうすぐ完成で、今はラストスパートをかけているところらしい」
「そうなのか。そりゃ楽しみ……なのか?」
「コロッセオってこの街のはずれに建てているアレだろ? なんだってまた、そちらさんの王様は突然そんなもん建てるなんて言い出したんだろうな?」
ギーがチキンを手に持ちながら言うと、ライガがバカにしたように鼻を鳴らす。
「バカかギー。コロッセオを建てる理由なんて一つしかねぇだろ? 戦いたいからだよ!!」
「……あの賢王がライガと同じ発想とは……考えにくいな……」
「いやいやボーウィッド殿、私はライガ殿と同じ気持ちだ。やはり、男児として生まれた以上、
「ブーーーーー!!」
俺とレックスが同時に口から酒を噴き出す。いやいやいやいやおかしいでしょ。なんで一国の主が普通にライガの隣に座って酒飲んでんの? ってか、いつからいらっしゃいました?
「オ、オリバー王!! ど、どうしてこのような場に!?」
「これこれレックス。堅苦しいぞ? ここは酒で心も体も清める場。そんな礼儀作法など、その辺に捨ててしまえ」
慌ててその場で
「おう、王様よぉ。俺達は魔族だから、あんたに敬意は払えねぇぞ?」
「まったく問題ない。私は王としてこの場に来たわけではなく、ただのオリバーとして魔族である君達と杯を交わしに来ただけなのだから」
「けっ! 変わった王様だぜ、本当」
そう言いつつ、ライガは口端を上げながら持っていた酒をオリバー王の空いたグラスに注ぐ。つーか、ライガ。お前、フェルにだって敬意を払ってないだろうが。
「って事は無礼講でいいって事だよな? おい、レックス。さっさと席に戻れ」
「で、でも……!」
「ギー殿の言う通りだ。それだと酒を飲むことができないだろう」
「いや、そもそも騎士の分際で王様と酒など…………あーもう!!」
レックスが金髪をくしゃくしゃとかき乱しながら渋々といった様子で席についた。もう投げやりだな、あいつ。ちなみに俺もさっきから緊張しまくって身体が上手く動かん。つーか、この酒場にいる殆どの人間が固まっちゃってるっての。お酒を持ってきた店員なんかめちゃくちゃ手が震えてるで?
「え、えーっと、オリバーさん? ちゃんと護衛は連れてきてますよね?」
「無論だ」
動揺を隠せないまま一応尋ねてみると、オリバー王は当然とばかりに頷いた。ほっ……ちょっと安心したぜ。護衛を連れてきているって事は、王様がここにいる事は城の人達の周知の事実って事になる。つまり、少なくとも王様が急にいなくなって騒ぎになっているという事はない。この辺がアホのフェルと賢いオリバー王の差だよな。うん。
「護衛などいるわけがない。私が城を出ようとすると、小うるさいのが多くてなぁ……
このおっさんもアホだったわ! どうして王になる奴ってのはアホが多いんだよ! これ絶対城で大騒ぎになってるぞ、レックス!!
快活に笑うオリバー王からゆっくりと横へ視線をずらすと、レックスはこれ見よがしに俺から視線を背け、度数の高い酒を一気飲みする。あいつ、完全に現実逃避してるわ。ふざけんな、お前の主だろ。どうにかしろ。
「……そもそもこの場に護衛を連れてきても何の意味もないのではないか? 魔族の幹部が四人……しかもその中の一人は、最強の魔法陣士として世間から
……なんか急に褒められた。不意打ち過ぎて言葉が出てこない。
「なーに言ってんだ。王様よぉ、こんなヘタレが最強なわけねぇだろ?」
「おいバカ猫。最強を体験させてやろうか?」
「クロが最強かどうかは置いといて、歯が立たないって事はねーだろ?
ギーの言葉に、いつの間にか熱燗に切り替えていたボーウィッドがお猪口を手にしながら頷く。
「……騎士団長の"雷神"コンスタン・グリンウェル……確かな実力と武人としての高貴さを兼ね備えた男…………その娘のエルザも……まだ粗削りではあるが光るものを感じる……」
「こっちには冒険者とかいう面白い奴らがいるんだろ? 特にSランク冒険者は歯ごたえがあるって聞くぜ? あー! 喧嘩してみてぇ!!」
「それにほら……最強(笑)の親友と肩を並べようと、必死こいてるバカもいるわけだしな」
ギー言葉にやけ酒を煽っていたレックスがピクッと反応した。え? 必死こいてるって何? 全然その話知らないんだけど?
「そうやって
流石はオリバー王。酒の席でも十分に王としての器を発揮してくるな。魔族側の力が強すぎても、人間側の力が強すぎても友好関係じゃなくて主従関係になっちまう。それだと、どっかで不満が溜まって爆発、なんて事もありうるわけだ。
「だが、前回の件もそうであるが不測の事態というものは起こり得るものだ。だから、我らは備えなければならない。幸いにも我々には頼もしくも勇ましい友がいる。魔族と人間……互いに
なるほどね、ちゃんと考えてるってわけだ。そらそうか。オリバー王だし。友好関係を結んでいる以上、魔族と人間が好き勝手喧嘩し合うってわけにもいかねぇからな。その点、コロッセオがあれば決められたルールの中で、正当な力比べができるってわけだ。やっぱりこの人には頭が下がる。
「……とまぁ、建前はこのくらいにして、実際はルシフェル殿と酒を飲んだ時に、魔族と人間が競い合ってる姿を見たい、という話で意気投合してな。酒の勢いで造ってしまったわけだ」
前言撤回。ダメだこのおっさん、早く何とかしないと。フェルと仲良くなってから着実にバカになってる気がする。
「人間の強い奴をぶちのめせるんだろ!? いいもん造ってくれたなぁ、おい!」
「……強者と鎬を削る、か……悪くない……」
どうやらライガとボーウィッドは乗り気みたいだ。自分のお酒を楽しんでいるところを見る限り、ギーはそんなに興味がないらしい。
「おそらくあと一月足らずでコロッセオをお披露目することができるだろう。その時、コロッセオ完成を祝して『第一回人魔武闘会』を開催する予定だ」
「うぉぉぉぉぉ!! まじかよ! 最高じゃねぇか王様よぉ!!」
「……これは……腕がなる…………」
「人魔武闘会、か……」
おいおい、レックスまでやる気満々なのか? あいつってこういう催し好きだったっけ? つーか、なんで俺の方を見てんだよ。
「よっしゃ! その前哨戦として俺と飲み比べしろやオリバー!!」
「おもしろい。受けて立とう」
いや、王様を呼び捨てにしてんじゃないよ。オリバー王も嬉々として受けて立ってんじゃないよ。カオスな状況に巻き込むんじゃないよ。もう、やだこの人達。
バターン!!
いよいよどうしようもなくなり、レックス同様現実逃避の旅に出ようとした時、酒場の扉が乱暴に開かれた。全員の視線がそちらに向く中、いち早くその存在に気が付いたオリバー王がヒッと小さな悲鳴を上げる。
「シ、シンシア……! な、なぜお前がここに……? 受勲式が終わり次第、魔族領へ行くと言っていなかったか?」
震える声で自分の娘に問いかけるオリバー王。そこに王の威厳なの一欠けらもない。そして当の本人は、光の一切宿っていない
「えぇ、その通りですお父様。受勲式が終わった後、すぐにシューマン君の家へとお邪魔させていただきました。そこでみんなと楽しくお話しし、ランス君と遊んでいたところに城のものがやって来たのです……オリバー王の姿が見えない、と」
なんだろう。セリス然り女性というのは、どうしてこうも恐ろしい気を放つ事が出来るのだろうか。この絶対的に逆らう事が出来ないオーラ。王様がたじたじになっているのも頷ける。
「どうせこんな事だろうと思っていましたが、そう言うわけにもいかず、お父様を探すためにわざわざ戻ってきたのです。……セリスさんが焼いてくれたあの美味しそうなモンブランに口をつける事も出来ず、やっと私がランス君を抱っこできる順番が来たにも関わらず、それを断って……!!」
薄っすら目に涙をためながらシンシアさんがわなわなと身体を震わせる。あー……なんかごめん。後でセリスに頼んでもう一回ケーキを焼いてもらってランスを連れて俺が届けるよ。
「とにかく! さっさと城へ戻ってください!」
「い、いや……私だって偶には……!!」
「返事は!?」
「はいぃ!!」
脱兎のごとく酒場から飛び出していくオリバー王。その背中を見ながら力任せに扉を閉めるシンシアさん。何とも言えない雰囲気になる残された俺達。
いやあれだ。うん。やっぱり女性っておっかないわ。
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